第375話 志賀大和の気持ち 7

「……あ、あのっ!」


 俺は、勇気を振り絞って話しかけた。

 誰にか、と言われればそれは当然、今回の実技講習の指導員である冒険者、天沢さんに、である。

 彼は今、他のクラスメイトに迷宮での立ち振る舞いについて、実践的なアドバイスをしていた。

 それは近くで聞いていても、なるほど、と思うことばかりで、俺も突っ込んで聞きたい、と思ったが、それよりもまず佳織に頼まれたことを優先しなければと諦める。

 彼女から頼まれたこととは、彼女の兄である天沢さんの実力を見ることだ。

 兄貴なんだから直接頼めばいいのに、と思ったが、なんだか恥ずかしいとか言い出しにくいとかそんなことを言っていた。

 身内だからこその遠慮とかか? 

 と思ったが、ついでにあんたもどうして私があんたをそこまでライバル視してないか分かるかも、と言われたので、そう言われれば乗るしかない。

 まぁ、一番の決め手は、今まで迷惑かけたんだから頼みの一つや二つ聞きなさいよ、と言われて断れなかったからなのだが……。

 こんなことでそれが贖えるなら軽いものだと言えるだろう。


「ん? なんだ? ええっと君は……」


 話がちょうど区切りのいいところで話しかけたのが良かったのか、すぐに振り向いてくれた天沢さん。

 そんな彼に俺は続け様に言う。


「し、志賀大和です! ちょっとお願いしたいことがあって……」


「あぁ、さっき佳織と戦ってた子だな。かなり練度が高くて驚いたよ。最後は佳織にやられてしまったけど……場合によっては勝ててた」


「えっ、本当ですか?」


 意外な現役冒険者からの評価に、俺は嬉しくなって尋ねる。


「本当だとも。佳織も余裕ぶってたけど、足に来てたからな。ただ、最後の最後でその踏ん張りというか、顔に出さない性格が功を奏したみたいだけど。大和くんの方は、ペース配分考えるべきだったよ」


「な、なるほど……確かに今までは最初からマジでやってたから……」


「そんな感じしたな。佳織のやつは受け流すのがうまかったから、体力切れとか待ってたんだろうな。常人とは遥かに体力の限界が異なる、冒険者見習いとはいえ、男女の体力差はあるからな。まぁ……うちの白宮みたいなレベルになってくると、男女差とか何の意味もなくなってくるが、君と佳織くらい基本的な練度が拮抗してると、その辺は出てくるぞ。君は結構目も良さそうだから、冷静に観察して戦えば、勝機を見出せるはずだ」


「参考になります……あっ、そ、それより……いや、ちょうどいいのでお願いが……」


「おっと、そうだった。お願いってなんだ?」


「もし失礼でしたら断っていただいて結構なんですが、あの、現役冒険者の方の力ってどれくらいなのか、肌で感じてみたくて……」


 これこそが、佳織の頼みだった。

 実際に戦ってみてくれと。

 現役冒険者相手に無茶を言うものだと思う。

 学生と現役では、やっぱり普通は話にならない。

 まぁ、相当な上澄みになってくるとまた話が違うんだけど、俺くらいじゃあな……。

 そして、この頼みをどう思うかは、人による。

 学生ごときが、と思う冒険者もいるだろうし、逆に好意的に受け入れてくれる人もいるはずだ。

 天沢さんはどちらか、と言うと……。


「手合わせしたいってことか? あー、まぁ、俺は構わないけど……授業的にどうかな。山田先生に聞いてから返事してもいいか?」


「あっ、それはもちろん」


「よし、ちょっと待っててくれ」


 そう言ってから、すぐに山田先生の元に走っていき、それから戻ってきて、天沢さんは言った。


「みんなの勉強にもなるし、それも悪くないだろうってさ。で、悪いんだが……」


「え、なんですか?」


「いや、どうせならこのコマじゃもう十分もないから、後で皆に観戦してもらう形にしてたらどうかって。その後、講評する形で授業をしたりするのも面白いんじゃないかってさ」


「つまり……?」


「俺と君の戦いを皆にみてもらって、それを後の教材にするわけだ……まずかったかな?」


 俺は血の気が引いた。

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