第370話 志賀大和の気持ち 2

「さっき金山先生が言ってたが、実技講習に来てくれるギルドの人の、天沢さんって……」


「……うん。私の兄さんだよ。ダメ元で頼んでみてたんだけど、本当に来てくれるんだぁ……」


 帰宅するために準備をしていると、ふとそんな会話が耳に入る。

 クラスメイトの月瀬奈緒と、佳織のものであることはすぐにわかった。

 奈緒は座学系ではそれこそ誰の追槌も許さないトップであるし、佳織の方は言わずもがな、実技系のトップだ。

 俺にとってライバルである二人であるから、どんなに遠く離れていても聞き間違うことなどあるはずもなかった。

 ……もしかしてストーカーっぽい?俺。

 と思うが、別に恋愛感情どうこうではないから……。

 そう言い訳する。

 まぁ、二人とも見た目は評判がいいのは知っている。

 月瀬の方はイメージ通りの文学少女、という感じで、運動の方は鈍臭いが穏やかで優しい性格をしている。

 佳織の方は活発としているが、その行動のことごとくが読みにくく、たとえどんなことがあっても泰然としているような妙な落ち着きがある少女だ。

 ちょうど陰陽を体現しているような組み合わせで、かといって他のクラスメイトに感じが悪いみたいなこともなく、誰とでも分け隔てない付き合いをしている。

 だから、狙っているやつも多いらしいが……そんなことは俺にとってはどうでもいい話だった。

 それよりも、今の会話だ。

 やはり、今度来るという天沢という冒険者は、佳織の兄貴らしい。

 《無色の団》については、俺も冒険者系の情報誌とか、テレビとかを見てよく知っている。

 メンバーに、この高校を卒業した慎さんと美佳さんがいることも。

 しかし、天沢の兄貴については……不思議なくらいに情報を目にしたことがなかった。

 いや、一応ホームページの端の方に書いてあったか……?

 でも詳しいことはなかったはずだ。

 あったら確実に覚えている。

 そんなことを考えながら耳をそば立てていると、どうやら、天沢さんはE級冒険者らしい。

 なるほど、それなら理解できる。

 まだホームページとか情報誌に書けるような実績を積んでいない、ということだろうと。

 慎さんと美佳さんについては、いくつもの迷宮のかなり深いところまで攻略して、魔道具や素材を確保しているし、何よりC級冒険者だ。

 それに対して天沢さんの方は、まだそこまでのものはないと。

 別にこれは恥じることではなく、冒険者の実力は引退するその時まで確定されないと言われる。

 ある時までパッとしなかった冒険者が、ある日突然、覚醒したかのように伸びていくことは普通にあるからだ。

 ただ、世の中の多くの人間は、級だけで判断してしまうことが多い。

 ……まぁ、俺も同じ穴の狢といえばそうかもしれないが。

 俺は出来る限り早く、力が欲しい。

 だから、今、実力がないということを罪だと自分に対して思っている。

 それを、他人にもどこか強制しているようなところがある……。

 自覚していても、出てしまうのは、それだけ焦っているということだとも。

 わかっている。

 わかっていても、どうにも出来ない。

 だからこそ、俺は自分の兄について話している佳織に、つい言ってしまった。


「チッ、なんだよ。さっきカナ先が言ってたE級って、お前の兄貴かよ」


 別にE級を馬鹿にしてるなんて気持ちはなかったが、佳織に対する敵愾心がそう言わせてしまった。

 ただ、こんなことに意味はない。

 いつもみたいに、佳織は俺の言葉など受け流して、お前など眼中にないと暗に示してくる……。

 そう思っていたが、返ってきたのは意外な反応だった。

 自分の兄貴はすごいんだと、そんな主張をいつもの彼女からは考えられないくらい、激烈な反応で言い返してきたのだ。

 これは極めて意外なことだった。

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