第368話 妹の話

 教室に向かうまでの廊下を進みながら、なんだかドキドキしてくる。

 一年前までは、普通に気軽に自宅見たいな感じで歩いていたこの廊下も、こうして外部からの協力者として来るとまた感じ方が違うということなのだろう。

 それに、まともに人に何かを教える、というのは初めての経験になる。

 一応、そういうののベテランである雹菜に事前に色々レクチャーしてもらってるし、練習もした。

 それにメインとして説明したりするのは雹菜になるから、俺の責任はそこまで重くはないのだが、それでも生徒から見れば俺も一端の冒険者だ。

 加えて、俺はここの卒業生だしな。

 単なるミーハーではない、現実を見据えてこれからのことを考えたい学生にとっては、むしろ俺の話を聞きたいと思うこともあるかもしれない。

 そうなった時のために、ちゃんと問答も考えてはあるが……やっぱり緊張するな。

 そういうのが顔に出ていたのか、


「……緊張されてますか?」


 と、実技講師であるという山田先生が気遣わしげに俺に言った。

 先ほど、カナ先に紹介されたその人は、実技講師らしくジャージ姿で、髪を後ろにむすんで下ろしている活動的な人だった。

 切れ長の目に、高い身長がカッコイイ系のモデルのようですらある。

 年齢は……二十代半ばくらいだろうか。

 本当はもっと上かもしれない。

 冒険者は、冒険者としての肉体を持っている時点で、老化が通常人よりもゆっくりなのだ。

 そのため、三十代、四十代になっても二十代にしか見えない人々というのが普通にたくさんいる。

 ただ、あまり冒険者としての実力が低いと、徐々に実年齢に近づいた老化をするようになっていくので、この辺は本当に人によるな。

 D級まで上がったなら、まぁ、十歳くらいは若く見えるというのはありうるということだ。

 そんな山田先生に、俺は答える。


「ええ、少し。実のところ、私はこういうの初めてでして……」


「あぁ、お聞きしています。ただ、そこまで緊張されることはありませんよ。私も冒険者一本で行くのをやめて、後進の指導にあたろうと教師の道に進んでから、初めての授業は緊張しましたが……そういうのはどうしても生徒に伝わってしまいますからね。むしろざっくばらんにやる、くらいの感じの方が、結果的にうまくいきます。もちろん、適当な授業をしろというわけではありませんが……」


「そんなものですか」


「ええ。そうそう、妹さんもクラスにいるそうですね。天沢、と聞いて聞き覚えがあると思いましたが、佳織さんが……」


「そうなんですよ。妹の存在が、少しだけ緊張を和らげてくれますね」


「なら、うちのクラスの担当でよかったです。あぁ、でも少し気をつけてください」


「ええと? うちの妹が何か問題でも……?」


 やばいことしてるのか、あいつ。

 そう思ったが、山田先生は首を横に振って言う。


「いいえ、彼女は問題ないのですが、彼女にことあるごとに突っかかる男子生徒がいまして……おそらく、兄である天沢さんにも少し強い態度で接する可能性がありまして……私の指導力不足で申し訳ないのですが……」


「突っかかるって……」


 あいつに?

 我が家の女帝にか。

 兄貴をアゴでつかうあいつに突っかかれるとは、見どころのあるやつ……。

 そんなことを考えているとは思っていないらしい、山田先生は、


「と言っても、いじめがとかそんな話ではないですよ。なんというか、成績で負けるのがどうしても許せないみたいで、チクチク喧嘩を売るというか」


「……なるほど。子供にありがちなやつですね」


 俺も子供じゃないと言い張れるほどの年齢では全然ないけど、思春期のアレだな、とすぐに分かった。


「そうなんですよね……どうしたものか」


「それくらいなら、少し注意しておけば大丈夫でしょう。あぁ、なんだか妹の話を聞いて、緊張がほぐれてきた気がします」


「それは良かったです……ちょうど、教室に辿り着きましたね。では、入りましょう」

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