第364話 久しぶりの高校

「……あー、なんだかここに立ってみると懐かしいなぁ」


 我が母校たる狭霧高校の正門前に立って俺はそう呟く。

 隣には雹菜がいて、同じように狭霧高校の校舎を見上げていた。

 ただし、表情は俺とは異なって、もちろん、懐かしさなど感じてはいないようだ。

 そもそも、かなり小さな頃から冒険者家業にずっと精を出していたため、高校というものそれ自体に馴染みが薄い、とは彼女の談である。

 なんだか寂しいような話だが、そうだからこそ、年の近い、仲のいいメンバーとギルドをやれている今が、一番青春をしてるような気さえするとも言っていた。

 年が近いというが、梓さんとか守岡さんとか、めちゃくちゃ年かさの人たちもいるんだけどな、うちのギルド。

 まぁ、あの辺はちょっと例外か。


「懐かしいって言っても、まだ一年くらいでしょ? それに、三年の時の先生にはちょっと前に会いに行ってたじゃない」


 雹菜があきれたようにそう言った。


「あぁ、カナ先な。ちょっと前って言っても、半年以上前だからなぁ……。元気にしてるかな。学生の頃は口うるさい先公だとか思ってたけど、離れてみると本当にいい先生だったんだなって感じるよ」


「また都合のいいこと言って。でも少し離れてみないとわからないことって人間関係ではあるわよね……。学校の先生とか、近くにいるときは確かにうっとうしく感じるもの」


「お、優等生っぽい雹菜でもそういうのあるのか」


「冒険者に力を入れ始めたころ、あなたはまだ子供なんだからそんなことよりも友達を大事にしなさいとか、しつこく言ってくる人がね……。でも今思えば、間違ってない話だったわ。また昔に戻っても、私は同じようにやるでしょうけど」


「おせっかいか……十歳くらいの子供が魔物と殺しあってたらそれくらい言いたくなるのは分かるな」


「でしょ。まぁそんな話はいいのよ。早く中に行きましょう」


「いいけど……ここから先、職員室まで俺は黙っておいた方が良さそうだな」


「え? どうしてよ」


「行けば分かる」


「……?」


 *****


「……なるほどね」


 職員室前までたどり着き、雹菜はため息をついてから納得したように頷いて言った。


「はは、疲れたか。悪いな、何もしてやれなくて」


「別に危害を加えられたとかじゃないからね……というか、完全に忘れてたわ。高校生ってミーハーなのよね……」


 雹菜がそう言ったのは、先ほど、校門前から昇降口に入るまでの間に、登校中の高校生たちにもみくちゃにされたからだ。

 冒険者のアイドルが、冒険者育成校に来たらそれはそうなるだろうという話だ。

 校門前だと見張りの教師が立っていたので表立って近づいてこなかったが、それを通り過ぎたとたん、というわけだ。

 さすがにセクハラするような奴はいなかったというか、雹菜が素早くそういう手には反応して打ち返していたので問題はなさそうだったが、高校生たち皆を押しのけるほど強く打つわけにもいかなかった。

 人数も人数で、それがゆえに、昇降口前にまるで一部に満員電車の中みたいな状態が生まれてしまったのだ。

 なんだかんだゆっくりと押し返すように進み、来校者用の通用口に足を進めた辺りで人の数はどっと減ったが、雹菜も若干精神的に疲労したようであった。


「あれくらいで済んでよかった。もっと酷いことになるかと思ってたし」


「えぇ、そんな……」


「雹菜はもっと、自分の人気を自覚した方がいいぞ」


「私は創にだけモテてればいいもの」


「おっと不意打ち……なんだか恥ずかしくなるな。さっさと職員室の中入ろう。失礼します!」


 そして俺は職員室の扉を開く。

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