第363話 天沢佳織の一日 4

「はっ、兄さんは強いだぁ? たかがE級冒険者が、強いなんてあるわけねぇだろ」


 大和がくだらないことを言うなと言わんばかりに馬鹿にした口調でそんなことを言う。

 彼の言葉が正しいか、と言われると微妙なところだ。

 たとえどれだけ実力があろうとも、冒険者はF級からスタートする。

 例外もなくはないのだが、大半はそうだ。

 だから、高校卒業直後はどれだけ強かろうとF級で、そこから徐々に級を上げていくことになる。

 その通過点としてE級も当然通るのであるから、E級でも隔絶した実力者というのは間違いなくいる。

 いるのだが……。

 高校卒業してしばらく経っているのにE級止まり、と言うのは大した実力がない、と見做されても仕方がない部分がある。

 伸び代ゼロ、と言う話ではないのだけれど、とりあえずの伸び悩みの状態にあるとか。

 そんな感じだ。

 長年E級だったけど、きっかけを掴んである日、突然上に駆け上がったりする人とかもたまにいるので、級で人を判断するのは正しくない。

 奈緒が、級だけで判断するのは、みたいなことを言ってたのはそういうことだ。

 大和もそれくらいのことはわかっているはずなのだけど、妙に喧嘩腰というか……これはアレだな。

 兄さんに、というより、私の兄さんだから、というだけなのだろうな、と冷静に考えて理解する。

 なんだか私が迷惑かけているみたいで申し訳なくなってくる。

 多分、兄さんが講習にきたら大和は私に対する態度で接するだろうと思うから、どうしたものか。

 とりあえず大和に言う。


「少なくとも、兄さんは雹奈さんが自らスカウトするくらいにはすごい冒険者よ!」


 売り言葉に買い言葉というか、そんな感じで語気は強くなってしまったが。

 事実として、雹奈さんは兄さんのためにギルドを作ったみたいなことを会うたびに話す。

 その目に恋心があることは以前から感じていたが、たまに冷静に冒険者としての兄さんはどうか、みたいな話になった時、詳細は決して語らないのだけれども、少なくとも他の誰よりも冒険者としての兄さんは貴重だという話をするのだ。

 どういう意味なのはかはわからないけど……まぁ、何か機密とかもあって話せないことがあるんだろうと理解してる。

 そんなことを知らない大和からすれば、兄さんはただのE級冒険者なのかもしれないけど……。

 それはわかるけど、能力がないみたいに言われるとやっぱり腹が立つ。


「あぁ? 白宮雹奈さんが? どうせなんか上手くやったんだろう。白宮さんだって、女なんだ……こう、たぶらかして……」


 若干、頬を赤くしながらそんなこというのは、なんというからしくない初心さを感じるが、そんなことをうちの兄がうまくできるはずがないということを私は良く知っているのでその点は、はっきりと否定しておくことにした。


「え? 兄さんにそんなことできるわけないじゃない。全然イケメンじゃないし、女の扱いだって下手だし、気も利かないし……」


「……そ、そうなのか? いや、でもほら、なんか見るところはあったんだろ? だからスカウトとかされたんじゃ……」


 私があまりにもはっきりと兄さんの男性的魅力について否定したから、今度はなぜか大和の方が兄さんを擁護した。

 あれ?

 なんかおかしくない?

 私が兄さんの肩を持ってたはずじゃ……。


「え? あれ? う、うん……」


「ま、まぁ、あれだ。お前の兄貴がどうだろうと、実技講習で実力がはっきり見られるんだからな。恥をかかないように、お前も精進しとけよ。実技講習のトップは、俺が取る!」


「あ、うん……え、それだけ?」


 兄さんの話はどうも、話のとっかかりに言っただけっぽいというのがそれでわかる。

 しかし、大和はそれをわかられていることを理解していないようで、


「あ? 俺が冒険者としてお前より優れてることを証明するんだから何よりそれが大事だろうが! 首を洗って待っとけ!」


 そう宣言した。

 こういうところは、正直、私は大和をあまり憎めないところだ。

 結局、挑んでくるのは正々堂々とした対決なので……。

 変なやつだな、とは思うけど。

 結局、私は言った。


「まぁ……卑怯なことしなければ私はそれでいいよ」


「するわけねぇだろうがぁ! 覚悟しておけぇ!」


 そう言って大和は去っていく

 そんな彼の後ろ姿を見ながら、奈緒がぼそりと呟いた。


「……大和も難儀な性格してるよねぇ……」


 全くの同感だった。

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