第362話 天沢佳織の一日 3

「お疲れ!」


「うん、お疲れー」


 そんなことを言い合いながら、クラスメイトたちは教室を後にしていく。

 そんな中、奈緒が私に言った。


「さっき金山先生が言ってたが、実技講習に来てくれるギルドの人の、天沢さんって……」


「……うん。私の兄さんだよ。ダメ元で頼んでみてたんだけど、本当に来てくれるんだぁ……」


「やっぱりそうなんだ! それに、B級冒険者の白宮雹菜って、あの!?」


 兄さんよりも、奈緒的にはこっちの方が大ニュースらしい。

 ただ、それも当然で、兄さんはともかく、雹菜さんはよくテレビに出ている有名人だ。

 最年少でB級冒険者に昇格した、近年最も期待される冒険者で、冒険者育成校とはいえ、実技講習に来てくれと頼んで来てくれるような人ではない。

 

「そうだね、まさか雹菜さんまで来てくれるとは思わなかったけど。兄さんに、慎さんと美佳さんが来てくれるものだと思ってたし」


「うちの高校の出世頭の二人だね。すでにC級だって……」


「考えてみると、二人もすごいんだよね……」


 私の知り合いは、腕ききの冒険者ばかりだな、と改めて気づく。

 それに対して兄さんは……どうなのだろう?

 兄さんの実力について、私はよく知らない。

 実際に戦っているところを見たことはないし、かといってギルドで何か特別な成果を上げているみたいな話もないし。

 兄さんもあまり家で冒険者仕事のことを話さないし。

 最近では一人暮らしするようになってしまったから、余計に聞ける機会も無くなった。

 とはいえ、仲が悪いみたいなことは全くなく、尋ねれば色々話してはくれるのだけど、冒険者としての活動については……。


「でも、佳織のお兄さんだってすごいんじゃないの? 《無色の団》のメンバーなんでしょ?」


「それはそうなんだけど、あんまり兄さん、仕事の話しないから……」


「そうなの?」


「うん。級もE級みたいだし、そこまで活躍はしてないんじゃないかな?」


「うーん、どうなんだろ。級だけで判断するのは……」


 そんな話をしていると、


「チッ、なんだよ。さっきカナ先が言ってたE級って、お前の兄貴かよ」


 そんな言葉を突然投げつけられる。

 声の方向に振り向くと、そこにはどことなく反抗的な顔立ちをした少年が立っていた。

 彼こそが私にいつも喧嘩を売ってくるクラスメイトの、志賀大和しがやまとその人であった。

 両隣に取り巻きよろしく、クラスメイトを引き連れているのが妙に小物感を出している。

 左隣の背の高い男が、和田颯太わだそうたで、右隣のメガネの少年が髙橋唯人たかはしゆいとだ。

 この三人はよくつるんでいて、いつも一緒にいる。

 まぁ、両隣の二人については別に性格が悪いわけでもないのだが……問題があるのは大和だ。

 

「だからなんなの?」


 私がそう尋ねると、大和は言う。


「E級なんかに教えられることなんかねぇってんだよ。お前の兄貴、もう卒業してから一年近く経ってんだろ。それなのに未だにE級ってことは、たいしたことないってことだ」


 確かに一般的にそう見られることは事実だった。

 それなりに期待される冒険者は、一年もあればD級まで上がっている。

 かと言って、C級になるのは難しく、D級で何年、場合によっては十数年も足踏みすることは珍しくないのだが、D級まではまっすぐに登ることがエリートの条件なのは間違いなかった。

 事実、慎さんと美佳さんはその通りに進んでいる。

 でも兄さんは……。

 ただ、ここで言い返さないのも妹として間違っていると思った。

 だから私は言う。


「そんなことはないわ! 兄さんは、強いんだから!!」


 ……多分。

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