第360話 天沢佳織の一日 1

「……はぁ、はぁ……キッツ……」


「おいおい、だらしないぞ! まだ十周残ってる! 走れぇ!!!」


「ひぃ……」


 疲労が限界に達し、足を止めた一人の生徒に、教師がそう叫ぶ。

 生徒の方は私、天沢佳織の友人である、月瀬奈緒つきせなおであり、教師の方は基礎体力系の科目を担当する、我らが副担任の山田麗子やまだれいこだった。

 奈緒は見た目、三つ編みに眼鏡の文学少女風の雰囲気をしていて、まるで冒険者育成校である狭霧高校などに入学するようなタイプには見えなかった。

 実際、元々は研究者になりたいからと普通科の高校を希望していたらしいが、両親が冒険者らしく、説得されて狭霧高校に入学することになった。

 無理矢理入れられたように思えるが、実際にはそこまでではないというか、研究してみたい事柄というのが迷宮とか魔物とか、そちら方面だったようで、そのためにはまず、冒険者として戦える実力を少しはつけた方がいい、という比較的真っ当な説得だったようで、本人も納得している。

 とはいえ、だからと言って不得意なものがいきなり得意になるわけでもなく、基礎体力系の科目は苦戦している。

 冒険者としての適性を持っている時点で、一般人よりも相当に体力的には優位にあるため、冒険者育成校で求められる基礎体力というのは想像を絶する高い壁だ。

 校庭二、三十周しろ、なんていうのは出来て当たり前で、その上で様々なトレーニングを課せられる。

 これは前衛型の冒険者のみならず、後衛型であっても同様だ。

 そもそも冒険者が主戦場とする迷宮というのは広く、最低でもそこを自由に歩き回って疲れないだけの体力が必要とされるからだ。

 何も、麗子は私たちを憎いと思って追い詰めているわけではないのだった。

 むしろその逆で、体力不足から死んでしまわないようにと、今のうちから厳しくしている……ということのようだが、それでもキツいものはキツい。


「あー! 疲れたぁ!」


 残り十周を終え、すでに終わらせていた私の横に倒れ込むようにやってきた奈緒の第一声からもそれが良くわかる。


「お疲れ。がんばったね、奈緒」


「死ぬかと思ったよぉ……佳織ちゃんはいつも通り、トップ?」


「今日は大和やまとに負けたよ。最後、無駄に張り合ってくるもんだから……」


「あぁ、あいつも懲りないねぇ……」


 大和、というのはクラスメイトの志賀大和しがやまとのことだ。

 なんでも、多くの冒険者を輩出している名家の出身らしく、それがゆえに高校に入った時点で将来を嘱望されているらしい。

 けれど、入試でも、また入学後に行われた試験でも、学年一位を取ったのは私だった。

 それ以来、目の敵にされ続けているのだ。

 正直、ちょっと面倒くさい。

 なので最近は大和と競争みたいになったら早々に譲ることにしているのだが、そうすると却って 烈火の如く切れ出すのでまた面倒くさい。

 

「あいつは一体何がしたいのかな……?」


「そりゃあ……あぁ、そういえば佳織ちゃんはどっか鈍感だったね……」


 呆れたようにそう言われて、何を言いたいのか理解できないほどに愚かではない。


「鈍感って、大和が私のこと好きってこと? 流石にそれはないんじゃ……」


「今まで自分が一番だと思ってたのに、ことごとく負かされて、未だにその背中にも追いつけない美少女、必死になって追いかける、名家の御曹司……!! ありがちじゃない? 小説とかだと」


「やめてよ、もう……笑っちゃった。言うに事欠いて、美少女に、御曹司、だなんて」


「えぇ、冗談じゃないんだけどなぁ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る