第355話 創の危険性
俺が創にここしばらく抱いている感情。
なんとなく言葉にしがたくて、悩んでいた思い。
それをたった今、美佳に言い当てられた気がした。
そうだ、俺は……創が俺よりもずっと先を走っていって、その先で何か決定的なことが起こってしまうんじゃないかと怖いんだ。
「……そう、だな。そういうことかも知れない……」
俺が頷くと、美佳も少し真剣な顔になって頷く。
「だよね。それは、私も同じ。だって創って、そういうところあるもの」
「あぁ……あいつは小さい頃からそうだ。覚えているか? 五歳くらいの時の……」
「あぁ、あの時のことね」
思い出して懐かしそうな表情をする美佳。
今、彼女が頭の中に浮かべているのは俺と同じ記憶なのは間違いない。
それくらいに鮮烈な、そして憧れるような記憶だからだ。
五歳の時……俺と美佳と創は、毎日のように一緒に遊んでいた。
幼稚園から帰ってきて、日が暮れるまでずっと。
休みの日もずっと一緒にいたと思う。
そういう日々の中の、たった一日だけの出来事だけど……。
俺たちは、一緒にどこかに向かっていた。
どこへ立ったのかは、正直なところ覚えていない。
そんなことは、次の瞬間起こった事に、全て洗い流されてしまったからだ。
その時、信号を渡ろうとしていた俺たちだったが、青色の信号が点滅して、立ち止まった。
幸というべきか、その頃の俺たちは行儀が良くて、両親の言いつけもきっちり守るタイプの子供だった。
まぁ、場合によっては悪ガキのように無茶なこともやったが、交通ルールとか、門限とか、そういうことはよく守っていたような覚えがある。
だから、青色の信号が点滅したら、渡れそうでも立ち止まらないとダメよ、との言いつけを、言われた通りに守ったのだ。
けれど、世の中の人間がみな、そうであるとは限らない。
特に子供は、まだ行けるとか、もしくは他のことに夢中で目に入らなくなってとか、そういう理由で点滅する信号も渡ってしまったりする。
対面から走ってきた女の子も、まさにその通りの行動に出た。
何か理由があって急いでいたのか、今すぐに道路を横断しなければならないという形相で突進してくる彼女。
しかし、その横からは大きなクラクションが響いてきた。
俺も美佳も、そちらの方を見て時が止まったように動くことができなかった。
巨大なトラックが、恐ろしい速度で突っ込んできたからだ。
あれに当たれば誰だって死ぬくらいのことは、子供ながらに理解出来た。
当然、創もそうあるべきだった。
それなのに。
彼は既にその時には走り出していた。
「創ッ!!」
俺か、それとも美佳だったか。
叫んだ時には既に手遅れの距離に彼はいた。
けれど足を止めることなく、暴勇を発揮して創は走った。
少女を助けるため、そう思っていたのは間違いない。
彼の視線はその一点に向かっていたからだ。
だが、どう考えても無謀だった。
子供の足で、どうやって間に合わせるというのか。
実際、創の手が少女にやって触れるか触れないか、そのタイミングでトラックは二人を真正面に捉えた。
ーードンッ!!
という、巨大な質量が何かに命中するような音がして、俺と美佳は目を瞑った。
創も、あの少女も、命は助かるまい。
どう考えてもそうとしか思えない状況に、見ていられなかったからだ。
だけど、恐る恐る目を開けると……トラックはなぜか二人の目の前で完全に静止していた。
二人も元気そうに、創が少女を守るように抱きしめている状態で立っていた。
一体何が……そう思って改めてよく観察してみると、トラックの前、創たちとトラックの間に、一人の大人が立っていた。
彼は両手をトラックの前に開いて、なんとトラックを受け止めていた。
普通の人間にできる事ではない。
今にして思えば、かなり高位の冒険者だったのだと思う。
彼は創に、
「……最近の子供は無茶するなぁ。君、勇気は買うけど、命は大事にしないとダメだよ」
そう言って頭を撫で、
「君は君で周りをよく見ないとダメさ。いいね?」
少女をそう諭した。
その後のことは、ショックであまり記憶に残ってない。
しかし、この時から、俺も美佳も、創はまともに自分の命を顧みないところのある、危険な奴だと認識した。
その目的は善いものにしか向けられないけれど、自分の命が勘定に入らない。
それは宜しくない。
俺と美佳とで、しっかりと守らねばと、この時、そう思ったのだ。
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