第354話 慎の気持ち

「……しかし、随分と遠くなってきたような気がするなぁ……」


 《従魔の卵》の扱いについての会議の後、俺……柴田慎は、道すがらそんなことを呟く。

 隣には恋人である美佳が一緒に歩いていて、今から同棲してるマンションに帰るところだ。

 普通、高校卒業してすぐにマンション借りて同棲、なんて中々色々な意味で難しいだろうが、俺も美佳もそれなりの冒険者として既に名前も知られ始めている。

 経済面での問題も信用の問題もまるでなく、またお互いの家庭も、昔からの幼馴染ということもあり、素直に理解された。

 というか、むしろ美佳の両親の方が押せ押せな感じで、まだ同棲は早いという俺やうちの両親を押し切ってきた。

 聞けば、美佳の両親は家庭の事情で元々の実家……本家と縁をほとんど切った状態にあるらしく、その原因が、美佳の両親の結婚にあるのだという。

 どちらも名の知れた名家の出らしいが、細かいことは内緒と言われてしまった。

 穏やかな雰囲気のあの二人に、どんな事情があるのか気になるが……まぁいずれ教えてくれるだろう。


「遠くなったって、何がよ?」


「分かるだろ? 創だよ……」


 俺が少しため息をつきながらそういうと、美佳は少し苦笑しながら言う。


「なるほどね、それにしても珍しいね、慎がそんなこと言うなんて。創は俺の親友で弟分だーとかいつも言ってるじゃない」


 それは確かに事実だった。

 昔から、俺と創の関係はそんな感じで、どちらかというと引っ込み事案だった創を俺や美佳が引っ張り回すことが多かった。

 冒険者になるために一緒の養成高校に行こうと提案したのも、俺だ。

 冒険者の適性があると分かって、三人で一緒に合格できたわけだが、創にスキルが身につかないという特殊性があったのは、今にして思うと想像の埒外だった。

 ただ、どんなことになろうとも、俺は創の力になるつもりはあったので、もしも創が冒険者になれなかったとしても、俺が個人ギルドを立ち上げて、そこで一緒に働こうとか、そんなことも考えていた。

 それこそ、今では冗談みたいな話だが。

 俺よりもはるか先を、創は歩いている。

 俺や美佳は既にC級冒険者の資格を得ていて、これは同年代でもトップクラスの速さだ。

 それでもC級までなら、ありうることだが……B級に上がるためにはここまでとは違った努力、時間をかける必要があるだろう。

 雹菜さんはそんな壁を簡単に乗り越えて、史上最年少でB級になってしまっているわけだが、あれはただの化け物だ。

 目の前にして言うことは決して出来ないけれど。

 そして、創はそんな雹菜さんと既に肩を並べられるくらいに強くなっている。

 創はその持っている力の特殊性や、別の世界にいたという経緯から、その力を表ではっきり見せる機会がほぼなかったから、気づいている者はほとんどいないが、いつも近くで接している俺たちにはそれは明らかだった。

 感じられる圧力というか、雰囲気というか、そういうものがまるで違うのだ。

 気づかなければわずかな違和感で終わってしまうが、気づいて、よくよく観察してみると……その体の内部で練り込まれ、流れている魔力の密度が恐ろしいほどに高いことが察せられる。

 それを使用してスキルを使えばどうなるのか、想像するだけでも怖いくらいだった。

 俺たちも、創に以前、魔力の操作についてレクチャーされて、それをスキルに繋げられるように訓練してきているから、それがわかる。

 普通なら、魔力操作はある程度の練度に至ればスキルに大した影響を与えないと言われているが、とんでもない話だ。

 むしろ、スキルを活用するためには、魔力操作の練度をひたすら極めることが重要だ。

 それに気づいてから、俺と美佳の実力は格段に上がっている。

 他のギルドメンバーも同様だ。

 そしてそれでも……創のそれには全く及ばないのだった。

 

「情けない話だけど、創に追いつける気がしないからなぁ。今日だって、《伯魔の卵》なんてもの持ってきたし」


 世界の主人公はあいつじゃないか?

 なんてそんな気さえしてくる。

 嫉妬だろうか、と思うがそんな感じではない。

 そうというより……。


「……いつか全く力になれなくなるんじゃないかって怖いの?」


 美佳がふとそんなことを言ってきて、俺はハッとする。

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