第347話 舞台へ

「さぁ、準備はいいか?」


 コロシアム前の巨大な扉の前で、俺が尋ねると、みぞれは、


「……キュッ!」


 と、とどこか決意したような表情で頷いた。

 体型的にあまり凛々しい感じはしないが、それでも覚悟は伝わってくるような気がする。

 流石にボス戦となると、先ほどまでのように楽勝とはいかないだろう、と感じているのかも知れなかった。

 

「……まぁ、いざという時は俺たちが助けに入るから気負いすぎないようにな」


「キュッ」

 

 ボス部屋には当然、俺たちも入る。

 レベルアップを考えるなら、もしかしたら一人で入らせた方がいいのかもしれないが、もしものことを考えると選べない選択肢だった。

 そもそもレベル10の壁を越えられればいいのであって、そのためにはボスを倒して魔石を手に入れればいいだけなので、そこまで効率性とかは考える必要はないのだ。

 だから、これでいい。


「じゃあ、行こう」


 そう言って俺が扉に手をかけると、その巨大な石材で出来た扉は、ゴゴゴ、と音を立てて開いたのだった。


 コロシアム内部に入ると、最初は周囲の観客席や空がしっかりと見えていた。

 俺たちが舞台に入ってきたことを観客席の者たちは気づいたようで、


「お、珍しいな」「頑張れよ!」「随分若い奴らだが平気か? 気をつけろー!」


 という声援が飛んでくる。

 思ったよりも品のいい冒険者たちというか、罵声の方が似合ってる顔立ちをしている者が多かったので、意外だった。

 雹菜が手を振ると、


「おぉ、かわいい姉ちゃんがんばれ!」「……もう一人の方も美人だな……」「お前やめろって、最近そんなの言ってると後で問題になるぞ」「……男の方はなんかパッとしないが、強いのか?」


 そんな声が聞こえてくる。

 悪かったよ、パッとしなくて。

 まぁ雹菜や静さんと比べると見た目にまるでインパクトがないのは俺もよく分かっている。

 今となっては霙についてもそうか。

 霙の存在にも気づいたらしい冒険者たちは、


「……なんだあれ。竜?」「いやぁ、あんな小さい竜はいないだろ」「なんかワイバーンの子とかじゃねぇ?」「そういや迷宮でなんとか懐かせようと頑張ってる奴らがいたなぁ」


 そんなことを言う。

 妙に情報通たちのようで、ちょこちょこ気になることを言ってくる。

 ワイバーンを懐かせようなんてしてる集団がいるのか。

 魔物についてはただ倒すべき対象、としてではなく、他の利用方法……家畜として使えないかとか、ペットとしてどうかとかそういうことも議論されることはあるのでおかしくはないが……。

 そういや労働力にできないか、みたいなのもあったな。

 それを考えると、まず言うことをどうにか聞かせるために懐かせよう、という挑戦をし始めるのも納得か。


「あっ……なるほど、こういう風になるわけね」


 中心に向かって進んでいくと、観客席と舞台との間に透明な膜のようなものが張られ、さらにそこが白く濁っていく。

 向こう側の景色が徐々に見えなくなっていき……そして完全に外界と途絶されたことを感じた。

 風なんかも入ってこなくなった気がするが……空気とか大丈夫なのかな、これ、という気がする。

 まぁ、密閉されてるような迷宮で火を使っても問題ないことが多いことから、そこまで気にすることではないのかも知れないが。

 多い、なのはダメな場合もそれなりにあるからだな。

 その違いは経験とか情報とかで知るしかないから迷宮は恐ろしい。


「ボスはどこに……あぁ、現れましたね」


 静さんがキョロキョロ見ていると、俺たちから数メートル離れた場所に霞のように徐々に現れてくる影があった。

 それが完全に実体化すると、確かに先ほど聞いていた通りの、深緑色の鱗を持った、巨大なリザードマンが立っていて、こちらを睨みつけていたのだった。

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