第334話 問題

「……さっきの話なんだけどさ、マジで?」


 池袋駅地下にある迷宮……通称《実りの森林》に入ってしばらくしてから、俺はそう口にした。

 さっきの場所だと、群衆がひいたとはいえ、それでもそれなりの人通りがあって聞かれることを危惧したためだ。

 雹菜と静さんはまるで気にしていないだろうが、俺の場合、命に関わるような気がした。勘だけど。


「さっきの話? あぁ、ファンが……ってやつ?」


 雹菜がそう言ったので、俺は頷いて答えた。


「そうだよ……流石に俺にも群がるとかはないんじゃないか?」


 イケメンというわけでも冒険者としての格が高いわけでもなんでもない俺である。

 まさかそんなことは……。

 しかし雹菜は言うのだ。


「絶対に群がるわよ。まぁ……今までだったら大したことがなかったかもしれないけど、今の創にはみぞれがいるからね。こんなに可愛いものを常に連れ歩いてたら、それはもう注目の的になるに間違いないわ」


「キュ?」


 ぽよぽよと歩いていた霙が上目遣いにこちらを見る。

 まぁ、確かに可愛いし、こんな従魔なんてそうそういるものではない。

 というか、従魔自体かなり珍しいからな。

 一日中迷宮に潜ってても、会えない日の方が多いような存在なのだ。


「つまり、俺ではなく霙にファンがつくのか……」


「そういうこと」


 雹菜が頷いた。

 さらに続けて静さんが、


「……ファンとは違うかもしれませんが、あんまり性質が良くないタイプも近寄ってくると思いますよ」


 と不穏なことを言う。


「どういうことですか……?」


「創さんは雹菜と恋人になったわけでしょう。雹菜は、こう言っては何ですが、そんじょそこらのアイドルなど目じゃなくらいの人気者ですよ。以前は若者なら七割方知っているかな、くらいのものでしたが、《転職の塔》で首相を救い、新人ギルド戦でA級を下し……と、ニュースになるような活躍を何度もしていますからね。今では日本に住んでいれば名前と顔は確実に知っているほどになっています。加えて容姿も良いので……国民的アイドル?」


「そりゃ、歩くだけで人集りもできるか……でもそれがなんでまずいんだ……あっ」


「気づきましたか? アイドルに恋人がいたら憎しみが向かう対象は……と言っても、必ずしも恋人に、というわけじゃないかもしれませんが。男性はどちらかというと、相手より本人を憎む感じがしますよね。女性の場合は相手の方を批判するような気がします。ですけど、雹菜の場合、アイドル的人気と言ってもアイドルではなく恋愛禁止なわけでも何でもないので、責められる謂れがないですから……そうなると、やっぱり創さんが叩かれるのではないでしょうか」


「正確な予測をどうもありがとう……いや、冷静に考えてみると怖いな」


「なんだか、苦労かけるわね、創……ごめんね? でもほら、外には隠しておけば良いじゃない。ちょっと見せびらかして歩きたい気持ちもあるけど、同じギルドの冒険者同士で歩いてても迷宮攻略のためとか、武具やアイテムの仕入れに、とか、いくらでも納得できる言い訳ができるもの。問題は生じないと思うわ」


「雹菜、そう言いますけど、今の感じだとすぐにバレますよ?」


 静さんがため息をついて言う。


「どうしてよ?」


「どうしてって……無自覚なんですかね? 距離がだいぶ近いですし……腕も組んでますし。この辺りの魔物なら別にそこまで警戒する必要はないでしょうけど、普段の貴女ならそういう油断はしないのでは?」


「えっ、あっ……」


 パッと離れて、少し顔を赤くする雹菜。

 言われてみるとそうだな、と俺もそこで考える。

 最近、二人でいるときはこの距離感で普通だったから、もう違和感も無くなっていた。

 しかし起こりうる問題を考えると、確かに気をつけた方が良さそうだな……。

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