第315話 軍港

「初めまして。日本海軍函館基地、基地長の田中仁たなかじんです……名高き《黒鷹》の賀東殿を迎えられて、うれしく思いますよ」


 そう言って挨拶してきたのは、函館軍港を実質的に統括している日本海軍の軍人だった。

 知っての通り、自衛隊は迷宮や魔物の出現によって軍隊へ変わったが、その武力を向ける相手は基本的に魔物に対した。

 これはどこの国も同じで、人間相手に戦う余裕は今の人類にほとんど存在しないからな。

 まぁそうは言っても、豊かな土地が欲しいからと戦争をしたそうな国もいくつか頭に浮かぶだろうが、今のところ大きなドンパチはない。

 その理由は、どこの国でも、たとえば日本の北海道のように魔物に支配されてしまった魔境があるからで、下手に武力を向けて魔境の魔物を刺激してしまうのも恐ろしいからだ。

 良い例というか、見習いたくない反面教師として中国でのことがあるからな。

 あの国はまさに魔境を刺激しちまって、あんな風に分裂してしまってる。

 四つに分かれたそれぞれの国の間に、魔境が複数出来てしまってる状況じゃ、分裂でもしないと統制が取れなかったわけだ。

 これはどこの国にとっても本当に他人事じゃないからな……。


「いえ、こちらこそ、魔境と化した北海道において軍港を守り切っておられる函館基地に来られて光栄に思います。ここがなければ、本州に魔物がなだれ込んでくる可能性もありますから……」


 これはリップサービスってわけじゃなく、本当の話だった。

 とはいえ……。


「我々はあくまでも鉱山のカナリアのような役割しか出来ませんから、それほどのことは。ただ、いつか北海道を奪還するためにも、この基地の重要性はこの基地に所属する全員が理解しております。ですので、提供できる情報は一応ありますが……」


 俺がわざわざ基地長に挨拶したのは、もちろん単なる礼儀の問題もあったが、それ以外にこの基地が収集している情報を渡してもらうためだった。

 もちろん、これは俺がごり押ししてとかそんなわけじゃなく、元々この魔境調査は国の肝煎りで行ってることだからな。

 事前にしっかり連絡はいってるわけだが、実際に顔を見て頼むのと頼まないのとでは全然違う。

 それに、ただ紙ベースで資料をもらうより、生の声を聞いておいた方が良いってのもあったからな。

 これはお前らも覚えておいた方が良いぜ。

 ま、迷宮探索も事情は同じだろうから言うまでもないだろうがな。

 

「ご協力、感謝します。それで、魔境についてはどの程度のことが分かっているのでしょうか?」


「この軍港周辺の魔境の地図があります。また、出現する魔物の大まかな種類、分布についてもある程度。しかし……申し訳ないのですがその程度です」


 忸怩たる表情を浮かべてそう言った田中さんだったが、これはそんなに悔しがる必要のない話だ。

 なぜなら、俺はそこまでの情報を集めてるとは思ってなかったからな。

 魔物によって崩壊・改変されてるだろう函館の地図や魔物の分布を調べるには、当然ながら、相当な根気と犠牲がいるはずだった。

 それなのに、その後に渡された資料にはかなり詳細な内容があったからな。

 これがあるのとないのとではそれこそ全然違う。

 当然、魔物の討伐に関しては俺たち冒険者の方に軍配が上がる訳だが、それ以外に必要なことの多くをこなしておいてくれたらしかった。

 それでも、奥地の方には足を踏み入れられなかったため、俺たちが調査をする必要があった。


「……ここまでの情報を。ありがとうございます。奥地のことは必ず、俺たちが」


「賀東さん……こちらこそ。ご武運をお祈りしております」

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