第312話 礼節
「じゃあ中に入るか」
俺がそう言い、みんなでギルドビルの中へと向かった。
すると、自動ドアが開くと同時に、
「押忍ッ!! ようこそいらっしゃいました!! 押忍ッ!!」
という大声が、ロビー全体から響いてくる。
見れば、黒色のスーツを身にまとった、ギルド職員と思しき者たち全員が、俺たちに向かって叫んだらしかかった。
しかも、その姿勢は膝に手をついて頭を前に下げる、いわゆるジャパニーズマフィアスタイルのお辞儀をしている。
「……こ、これは……」
俺がなんとも言えずビビっていると、雹菜が、
「あー……先に言っておけば良かったわね。ギルド《黒鷹》は賀東さんの教育が行き届いているから、みんなこんなものよ」
「教育って……というか、武具まとった冒険者の姿が見えないな?」
普通はいるはずなのに。
「冒険者は正面玄関からは出ることは少ないらしいからね。ともあれ、行きましょう。最上階の執務室まで直で行って良いって話だから」
雹菜はそう言って進んでいく。
両端にはまるで道でも作っているように、お辞儀をしているヤク……じゃなかった、ギルド職員達がまっすぐに整列して、エレベーターまで続いていた。
これならどこにいけばいいのか、間違えようもない。
そもそも、俺たちはまだ名乗ってすらいないんだが……。
これが《黒鷹》の教育のたまものだというのか……。
恐ろしいギルドだなと思った。
エレベーターまでたどり着くと、すでに一階にエレベーターが降りていて、職員が昇降ボタンを押して待っていて、扉も開いていた。
気が利きすぎている。
しかし雹菜は軽くありがとう、と言ってまごつくことなく中に入っていき、
「……どうしたの? みんな早く来なさいよ」
そう言ったので俺たちは慌てて続いた。
エレベーターの中にも当然、職員がいて、昇降の操作はその人物がしてくれた。
そして、最上階までたどり着くと、
「総長がお待ちです。どうぞ」
と言われたので先に進んだ。
最上階でも職員がいたが、高級そうな着物姿の女性で、果たしてここは冒険者ギルドなのかと首を傾げたくなった。
まぁああいう秘書もありうるのか……?
いや、銀座のクラブじゃないんだから……。
そんなことを考えているうち、その部屋にたどり着く。
組合職員であろう女性が扉を開き、中へと勧められ、俺たちはその部屋に入った。
すると、
「おう、お前ら。良く来たな。うちの連中には失礼はなかったか?」
と、賀東さんが話しかけてきた。
前に見たときと変わらない獰猛そうな顔立ちだっが、そこに浮かんでいる表情は思った以上に優しい。
やはり新人戦の時に見せた飢えた肉食獣のような表情は、あえてだったのだろうと分かる。
「ええ、非常に気を遣ってもらいました。そして……本日はお招きありがとうございます」
雹菜がそう言って頭を下げる。
すると賀東さんは微妙な表情で、
「おい、雹菜。敬語なんてよせよせ。俺はお前に負けたんだぞ。もっと適当で良い」
と言った。
「勝ち負けの前に、五大ギルドのギルドリーダーと、新興の中小ギルドのギルドリーダーなのですから、当然の礼節があるかと思うのですが……」
「まぁ、外でやるような懇親会とかなら、ある程度お互いに形をつけたほうがいいだろうが、今はいい。後ろの奴らも細かいことは気にしなくて良いからな。せいぜい、近所の気の良い兄ちゃんくらいだと思って接してくれよ。その方が楽だろ?」
そう言われても、即座にうなずけるやつの方が少ないと思うが、やはりうちのリーダーは違った。
「じゃあお言葉に甘えて。勝者の景品を取りに来たわ。出来るだけいいものをむしり取るつもりだから覚悟してね」
「……豹変しすぎだろ。いや、それくらいじゃなきゃ、その年でその実力にはならなねぇか」
賀東さんは賞賛するようにそう言ったのだった。
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