第309話 調査

「北海道の魔境調査か。そういえば俺が向こうに行く前の新人戦でそんなこと言ってたな、賀東さん」


 新人戦において、賀東さんが雹菜に喧嘩を売るためのダシにしたのが、確か北海道魔境調査、だった記憶がある。

 北海道はいまや、ほとんどの地域が迷宮の起こした海嘯により、地上に魔物が溢れ出した結果、人間が足を踏み入れることの出来ない魔境と化している。

 これは周知の事実で、僅かな冒険者や軍の設備を残して、北海道民の大半は本土に避難した。

 そのため、北海道が今、どういう状況になっているのかは、はっきりとはしておらず、そのための調査が求められていた。

 しかし、世界中のどんな国や地域でもそうだが、《魔境》というのは本当に恐ろしい場所なのだ。

 まさに魔物たちが我が物とする領土と言って良く、組織的に動く魔物すらも確認されている。

 集落じみたものや砦の類いも確認されているとされ、容易に調査できるような環境ではないのだった。

 だが、放置しておけばその場に住む魔物たちは強大になっていき、また迷宮や魔物たちの吐き出す魔力の濃度も高まっていき、通常の人間が住めるような地域ではなくなってしまうと言われている。

 実際、世界最古と言われる南極の魔境は、通常の人間は近づくだけで気を失うことまで確認されている。

 そんな地域を増やすわけにも行かず、世界は《魔境》の奪還に向けて努力を行い続けているのだった。

 とはいえ、現時点で奪還できた《魔境》の数は、残念ながらゼロである。

 人類が緩やかな滅びに向かっていると言われるのは、そこに理由があった。


 そんなことを改めて俺が頭の中で確認していると、静さんが先ほどの俺の言葉に答える。


「ええ、その魔境調査ですね……ですが、すでにそのときの魔境調査は終了しています」


「えっ、そうなのか……? って、確かあのときの時点で一月後くらいみたいな話はしてたか。となると、数ヶ月前には既に終わってると……」


「そうなります。都合、二度の北海道魔境調査が行われているのですが、いずれも大した成果はなく、撤退を余儀なくされていますね」


「あの賀東さんでもか……」


 俺が驚いてそう言うと、雹菜が言う。


「賀東さんだからよ。大きな被害を出さずに早めに撤退の判断が出来たから、最低限の情報は持ち帰ってこれてるの。まぁ言うまでもないけど状況は深刻ね……魔物がうじゃうじゃ、とまでは言えないのだけど、主要な都市にはそれこそ我が物顔で住んでいるようよ。それに周囲に何もないような平原部分にだって少し歩けば魔物と出くわすような状況だったみたい」


 あの広い北海道でそれか。

 ってことは、数万、数十万の魔物がいるってことになる。

 いや、下手したら数百万じゃないか?

 一つ二つのギルドでどうにか出来る数じゃないな……。


「それじゃ、退却も無理がない話か」


「ええ。函館には一応、軍港を死守してるからそこから都市部に入ったみたいなんだけどね……」


「そんな状況なら、もう調査なんて出来ないんじゃないか?」


 普通なら諦める。

 いや、諦めたら人類滅亡に一歩足を進めることになるのだが、今すぐみんなで死ぬより十年くらい生きた方が……みたいな話もあるかもしれない。

 しかし雹菜は言う。


「そういうわけにはいかないわ。可能性がある限りはね。幸い、冒険者の地力は《転職の塔》のおかげで上がっているし、さらに上昇する可能性も残っているからね。今のうちに北海道の一部を取り戻して、そこから開拓していけるような環境を整えておくべきなのよ」


「まぁ、それはそうか……で、次の調査を?」


 これには樹が、


「そういえば第三次魔境調査を組む予定があるって話は僕も家で聞いたなぁ。あれってほんとだったんだ」


 そう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る