第306話 妹の頼み

「……何があったか、本当に何にも言えないのね!」


 母さんがプンスカした様子でチキンを食いちぎりながらそう言った。

 その姿に父さんが微笑みながら言う。


「仕方ないじゃないか。創だってもう一端の社会人なんだよ。すでに多分僕らよりも収入がいいだろうしね」


「そうは言っても家族にまで秘密だなんて……って、社会ってそういうものよね。私にも輝さんにも、創やはり佳織に言えないことはたくさんあるもの」


 このセリフに、佳織が、


「えっ、そうだったの!?」


 と驚いたように言う。

 これに母さんは笑って、


「むしろ今まで不自然に思わなかったの? 佳織も創も、私たちの職業、正確には知らないでしょう?」


 と言ったので、佳織は少し考えてから言う。


「……言われてみるとそうだわ。でも疑問に思ったことなかった……」


「まぁしがない事務職よ、くらいは言ってたからね。そして貴方達が興味を持たないようにあんまり話題にしないようにしてたもの」


「……意外だわ。なんでも話してくれてたような気がするのに……」


「ま、そんなわけで、お母さんにもお父さんにも秘密はあるのよ〜って、大したものじゃないけどね」


「じゃあ今教えてよ」


「それは、内緒。ってことで、創が話せないことも理解するわ。でも、本当にもう大丈夫なの? また急にいなくなったりしない?」


 俺に水を向けられたので、今度は俺が口を開く。


「しばらく留守にすることはあるだろうけど、戻ってこれるかどうか分からない、行方不明、みたいなことにはならないさ。細かい話は出来ないけど、原因とか対処法とかもはっきりしたからな」


「そう、ならいいわ。冒険者の仕事、がんばってね」


「あぁ」


 それで今回のことについての話は終わりになった。

 それからは普通に食事をとりながら談笑したわけだが、あっ、と思い出しように佳織が言う。


「そういえばお兄ちゃん、お願いがあるんだけど」


「なんだよ? 可愛い妹の頼みだ。可能な限り聞いてやるぞ」


「今度、うちの高校で戦闘実技の実習があるんだけど、《無色の団》に参加してもらえないかなぁって……雹菜さんにお兄ちゃんの方から頼んでもらうとか出来ないかな……」


「戦闘実技の実習? そう言えばそんなものあったな」


 冒険者系の高校は、読んで字のごとく冒険者を育てるための存在であるから、実戦に重きが置かれるのは言うまでもない。

 戦闘実技系は、武術を学ぶ科目の総称だが、その中でも戦闘実技実習というのがあり、これは現存する冒険者ギルドにボランティアとして参加してもらい、実戦を生徒に経験させるというものだ。

 やり方は色々あって、冒険者と戦ってみるとか、普通に武術とか立ち回りを相談してアドバイスをもらうとかがある。

 変わったところだと、実際に迷宮に連れてってもらい、そこで魔物と戦わせる、なんてことをする場合もあるが、これは流石に少数派だな。

 そこまでの責任が取れないからだ。

 まぁつまり、実習とはいうがかなり温めと言ったらアレだが、そこまで厳しくない授業だ。

 ただ経験にはなる。

 ギルドとかの見学をさせてもらったりとかもあるし、設備を試しに利用させてもらうとかもある。

 佳織はこれを《無色の団》で行いたいと言うのだ。

 どのギルドが参加するかは、学校の教師が主に決めるが、生徒が要望を出したりすることも多い。

 大抵は超巨大有名ギルドの名前が生徒からは挙げられるが現実的に言って、そういうギルドはよほどの金を出す私立の一流校しか指導しないものなので、佳織の高校だと無理だろう。

 それなりにいい冒険者を輩出する高校ではあるが、運営はしっかりと国が行ってるからな。

 そんなに金は出てこない。

 結果として、大体の高校は地域密着型の中堅ギルドくらいに頼む感じになるわけだが……まぁそういう意味ではうちのギルドは適任か。

 そういうボランティアに参加してるとギルドとしての評価も上がるし、またいずれうちのギルドだって新人を入れていかなければならない。

 いつまでも身内だけでやっていくのは難しいだろう。

 だから悪くない提案であった。

 とはいえ……。


「……まぁ、話はわかった。一応頼んでおくよ。でも期待はしないことだな」


「うん!」


「でも、お前、雹菜とは普通に友達だろ? 自分で頼めばいいじゃないか」


「うーん……後で頼んでみるけど、お兄ちゃんから言ってもらったほうが、成功率高そうだなぁと思って」


「そうかね……?」


 別に誰が行っても変わらんと思うけど。

 まぁ、いいか。

 頼むくらいならただだ。

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