第305話 両親
「……創……良かった……本当に……」
珍しくしおらしく、というとあれだが、涙を流しながら俺を抱きしめてくれたのは、俺の母親である杏であった。
隣には父である
先ほど二人揃って帰ってきたのだ。
というか、なんで二人同時に?
同じ職場だったったっけ……?
考えてみると、この二人がどんな仕事をしているのか、はっきりと聞いた覚えがない。
母さんは昔、事務仕事よ、と言っていたし、父さんはちょっとした力仕事だな、とか言っていたが、それ以上は……。
幸い、俺が小さな頃には両親のことについて作文を書け、みたいなことが色々な家庭環境に配慮したのかなくなってたから、それで困った覚えはないが、今更ながらに気になった。
まぁ別にそのうち聞けばいいか。
今聞くことでもないし。
「白宮さんからお前の行方が分からないと聞いた時、僕も流石に取り乱したよ……こうして帰って来てくれて、本当に良かった」
そう言ったのは、俺の父さん……輝だった。
どことなく優しげな雰囲気で、あまり押し出しの強くないように見える男性であるが、だからこそ我が家に漂う雰囲気は常に穏やかなのかもしれなかった。
母さんの感じが家族全体に広がっていたら、こう、もっと落ち着きのない家庭になっていたような気がする……。
佳織は完全に母さん似だな。
俺は……どっちだろう。
中間くらいかな。
「俺も帰ってこれてよかったよ。心配かけて、ごめん」
「いや、冒険者になった時点でそういう覚悟はしていたからな……気にすることはない。ただ、母さんと佳織はそう割り切れるタイプでもないから、出来るだけ心配はかけないでやってくれ」
ドライに聞こえるかもしれないが、俺と父さんの関係はこんな感じでうまくいっている。
あまり干渉されすぎても面倒くさい、とお互いが思っているからだろう。
かといって何も感情がないというわけでもないのだが。
気楽な関係だな。
「ちょっと輝さん! もっと言ってやってよ!」
母さんの方はむしろ過干渉に近いくらいに言うが、それでも俺の決断に文句を言うことはない。
だからまぁ、総じていい両親なのだろうな。
そもそもそうでなければ俺や佳織が冒険者になるなんて許すはずもない。
世の中には、冒険者になるならないで大揉めに揉めて、絶縁する親子だっているくらいだからな……。
冒険者になってしまえば、それこそ命を落とす可能性が普通に発生する。
もちろん、今の世の中、その辺を歩いていたって、突然魔物が出現して殺される可能性は誰にだってある。
でも、それが起こるのは魔境が発生するとか、はぐれと呼ばれる特殊な魔物が出現するとか、そう言うイレギュラーな場合に限られる。
しかし、冒険者は短い期間で魔物との接敵を繰り返すのだ。
その危険度の度合いは、比べ物にならない。
「杏さん、いいじゃないか……こうして帰って来たんだ。それに創もわかってるよ……。あぁ、それよりいい匂いがするね。夕飯かい?」
父さんがそう尋ねると、佳織が答える。
「うん! 私が作ったの。お兄ちゃんが帰ってくるって言うから……」
「そうだったか。僕らがこれから作ろうと思ってたけど、悪いね、佳織」
見れば、手にはスーパーの袋と、近所にあるチキン屋のロゴの書いてある袋がある。
歓迎会ではないが、軽くお祝いしてくれるつもりだったのだろう。
二人とも何を仕事にしてるのかは謎だが、それでも忙しいのはわかってるから、本来今日はこんなに早く帰るのは難しかったのだろう。
それをしてくれたことにありがたく思う。
「ううん。それより、二人とも中に。久しぶりに四人で食卓を囲もうよ!」
「それもそうだね……ほら、杏さんも」
「……はぁ、分かったわ。創、もう怒らないであげるわね」
そして、俺たちはリビングに向かう。
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