第304話 家族

「……そういや、家の方はどうだったんだ?」


 慎がそう訊ねて来る。

 家、とはつまり俺の実家のことだな。

 当然ながら、異世界にいってることなんて俺の家族が知るはずもなく、俺のことを行方不明だと思っていた。

 ただ……。


「昨日帰ったぞ。父さんも母さんも、それに佳織も喜んでくれたよ」


 言いながら、昨日のことを思い出す。


 *****


「……ただいま……」


 実家に戻り、鍵を開ける。

 そのまま普通に中に入っても構わないのだが、流石に数ヶ月行方不明になっていた身で、それをやるのは気が引けた。

 とりあえず、帰って来たことを誰かに告げたほうが、と思っての玄関先での言葉だった。

 すると、急にドタドタと二階から音がし始めて……。


「……お兄ちゃんッ!」


 と、佳織が物凄い勢いで降りてきて、そのまま俺に体当たりするように抱きつく。

 この出会い頭のハグは、雹菜のこともあって、そういう可能性もあるかも、と予測していたため、倒れることなく踏ん張ることが出来た。


「佳織……ただいま」


 俺がそう言うと、佳織は顔を上げる。

 どことなく涙ぐんでいるが、少し恨めしげな様子で、


「一体今までどこ行ってたの……? 心配したんだよ!」


 と憤慨するように言われてしまった。

 その気持ちはよく分かったので、俺は頭をかきながら言う。


「まぁ、それは一言では言いにくい話なんだよな……ただ、今後は今回みたいにいきなり消えたりすることはないはずだぞ」


 詳細を話すべきかどうかは難しいところだった。

 異世界、という存在は、この世界において知る者がほとんどいない情報である。

 つまり、うちのギルドにとってかなり優位性のある情報なのだ。

 梓さんは知っていたが、彼女はうちのギルドの顧問であり、問題ない。

 しかし、佳織はそうではない。

 もちろん、俺の両親もだ。

 そのため、異世界そのものについては話すことが出来ない。

 まぁ、心配しすぎ、どうせ俺以外今のところ行けないのだから、話したところで問題ない、とか、家族だから信用してもいいだろうとか、そういう考え方も出来る。

 だが、話してしまった結果、かえって家族が危険に陥ることもありうる。

 そういったことを考えると、梓さんと雹菜と相談の上、少なくとも今は家族であっても言わない方がいいだろう、ということになった。

 だから、微妙な話し方になったわけで、これを感じた佳織はまた不服そうな表情で、


「……何があったか、話してくれないの?」


 と言う。

 俺だって全て話したいところだが……こればかりはな。


「悪いな。これは冒険者としての機密だから難しい。お前だって、冒険者目指してるんだろ? なら分かるはずだ」


 あんまりいい言い方ではないな、昔俺が嫌っていた大人のような喋り方だ、と言いながら思ったが、俺よりも佳織の方が大人だった。


「……なるほどね。確かにそれなら仕方がないよね……私も最近、学校でそういう心得とか習ってるよ」


「冒険者系の学校じゃ、まず最初の方に叩き込まれることだもんな……成績はいいのか?」


「先生が言うには、昔のお兄ちゃんよりもずっと優秀だって!」


「……そうだった。お前、俺と同じ学校だもんな……おい、個人情報の漏えいじゃないか……?」


「家族だからいいでしょ」


「だからそう言うのもダメだって話を今してたんだけど……」


「真面目に言うなら、成績って言っても点数とか教えてくれたわけじゃないからね。世間話の範疇だし、問題ないでしょ」


「……俺の尊厳的には問題が……」


 兄より妹の方が優秀では威厳が保たれないだろう。

 しかし佳織は、


「今更そんなこと言ったって、お兄ちゃんが苦労してたのは知ってるし、成績そんなに振るわなかっただろうなって予想はついてたから気にしないよ。そもそも、今はしっかり冒険者できてるんだからいいじゃない」


「……まぁ、そうか。あ、そうそう、母さんと父さんは?」


 玄関先で話し込んでしまったが、両親の姿が見えない。

 そう思っての言葉に、佳織は言う。


「お父さんもお母さんも、夜には帰ってくるよ。さっき、雹菜さんから電話もらって、伝えておいたから」


「気がきくことだな……じゃあ、それまで待ってるとしよう」


「うん!」

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