第303話 幼馴染
「……創ッ!」
会議室の扉を開き、雹菜に続くと同時に、そんな叫び声と共に体に衝撃を感じた。
「……美佳。ビビらすなよ……」
俺がそう言うと、別の方向から、
「まぁそう言ってやるなよ。お前がいなくなってみんな心配してたんだぜ? 俺だって本当なら抱きついてやろうと思ってたが……出遅れたな」
そんな声がかかり、声の方向に視線を向けると、そこには慎がいた。
「慎……お前、恋人なら他の男に抱きつこうとする彼女を止めろよ」
「行方不明で生存すらはっきりしなかった幼馴染に久しぶりに会って、抱きつきたくなる気持ちは俺にも心底よく分かるから、止めるわけにはいかないな」
本当に久しぶりなのに、まるで昨日会ったかのように軽口を飛ばし合えるのは、やはり長い年月付き合ってきた幼馴染ならではだと言えるだろう
雹菜と再会した時は、また別の感動があった。
「……二人とも、私を無視して会話しないでよね!」
美佳が俺から離れてそう言った。
目が赤くなっているのは、感極まってくれたからだろうが、そこからの復活も早いのはこうして俺がここにいることを実感したからだろう。
「無視してたつもりはないんだが……美佳、久しぶりだな」
「ええ……本当に。よく帰ってきたわ。お帰りなさい」
「あぁ」
それから、慎が近づいてきて、
「さて、そろそろ俺も抱きしめていいか? いや、変な意味じゃなくて……本当にここにいるのか、ちょっと不安でな」
冗談めかしてそう言ってきたが、半分くらいは本気だろう。
俺は両手を開いて、
「好きなだけ抱きしめろよ。だが、俺に浮気するのは良せよ」
「そりゃ無理だな。お前も浮気になるだろう」
「えっ!?」
「なぜわかるかって? 後ろの人を見てみろよ……ちょっと空気が冷えてるぞ」
言われて振り返ってみると、そこには微妙に冷えた視線を俺に向ける雹菜が立っていた。
「……なぜ?」
聞いてみると、雹菜は言った。
「……いいえ。別に幼馴染と久しぶりに会って、抱き合うとかは普通だと思うのよ。でも、ほら、美佳は可愛いし、私より付き合いが長いし、色々考えてると……なんだか、なんだかね。束縛とかするつもりはないのよ!? そんな重い女じゃないの……」
なるほど、重い。
重いが、好きな女のことなのだからいいだろう。
「と言うわけで、俺とも抱き合っておいた方がいいぜ。そうすりゃ、こう理屈じゃない部分で納得できるだろう。あれは幼馴染の親愛だって」
「分かったよ……」
そして、数秒お互いの存在を確かめ合うように抱き合い、離れた俺と慎だった。
美佳は雹菜に言う。
「……心配しなくても大丈夫よ。私、創のことは弟くらいにしか思ってないから」
「そ、そうよね……なんだか焦り過ぎたみたい。うーん、こんなこと初めてだから、どう気持ちを整理していいかわからなくて……」
「将来は最年少A級かS級かなんて言われてる冒険者も、恋愛にはここまで初心だったのは意外だわ……今度色々話しましょう。知っておくべきことがあると思うの、年頃の女の子として……」
「そ、そう? じゃあお願いするわ……」
二人がそんな話をしているのを聞き、
「……まぁ大丈夫そうだな」
と慎が言ったので、俺も頷く。
「そうみたいで良かったよ。で、今日はみんな来るってことでいいんだよな?」
「あぁ。昨日の今日だから、来れないやつは無理しなくていいって話だったんだが、お前が帰って来たんだから絶対に来るってよ。みんな結構仕事抱えてて、一斉に集まれることなんてここのところ無かったんだが……まぁいい機会さ。話したいことも溜まって来てるからな」
少しだけ意味ありげな言葉に首を傾げた俺だったが、
「会えるのが楽しみだ……」
そちらの気持ちの方が強く、あまり気にしないことにする。
慎も俺の言葉に頷いて、
「みんなそうだと思うぜ」
そう言ったのだった。
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