第302話 副代表

 ビルの上の方にある、《無色の団》のギルドフロアに入ると、まず受付があった。


「代表、お帰りなさいませ」


 と、雹菜の顔に気づくとすぐに立ち上がり、深く頭を下げる。

 雹菜は、


「ええ。みんなはもう来てる?」


 と尋ねると、受付にいた職員は言う。


「柴田様と山野様は既にいらしてます。他の方々は、まだ……」


「そう、分かったわ」


 そして雹菜は歩き出した。

 そんな彼女に、


「……いやはや、一端のギルド代表って感じでかっこいいな……」


 と思ったことを言うと、雹菜は少し恥ずかしそうに、


「そんなことないわよ。まだまだ中小ギルドでしかないし。流石にもう零細ってことはないけどね」


「すごいもんだ……」


「創だってその一員なんだからね。本当なら副代表を任せたいところなんだけど、色々と目をつけられる可能性を考えると悩んでるのよ。どうする? やる?」


 歩きながら雹菜にそう言われて、考える。

 冗談でなく、うん、と言ってしまえば、じゃあ今から創が副代表ね、と言うのだろうと言うのが察せられるだけに、容易に頷くことは出来なかった。

 というか、俺に副代表なんてものが務まるのか疑問だ。

 以前の規模感なら、あくまでも雹菜の補佐とかマネージャーとしての仕事の延長として、副代表に、なんて選択肢もあったように思うが、このギルドフロアを見るともはやそんな感じではない気がする。

 経営にそこまで詳しいわけでもないし……もしやらせてもらえるにしても、この数ヶ月のことすら知らない俺には修行期間が必要だろうと思う。

 それに、今の俺は、冒険者としてまだまだ低ランク、E級に過ぎないのだ。

 副代表ともなれば、ギルドのホームページや協会などの名簿にしっかりと名前が載る関係上、ランクも容易に調べることが出来るわけで、そんなところにE級冒険者なんて表示があったらギルドの信用性にも関わる。

 B級が代表を務めるこのギルドなら、最低限D級はあるべきだ。

 可能ならC級……という諸々を考えるなら。


「……いや、遠慮しておくよ」


 そう答えるしかなかった。

 これに雹菜はにっこりと笑って、


「やっぱりそう言うと思った。まぁ現実的には今のところは慎君あたりに任せておくのがいいと思っているから、構わないわよ」


「えっ、そうなのか?」


「ええ。C級だからギルドとしての格も落ちないし、加えて、なんというか……彼、小器用でしょう? 人当たりもいいから前面に出すのにちょうどいいのよね……」


「なんというか……黒い理由では……」


「本人も納得済み、というか創がいない時点で、みんなで話し合ってとりあえずそうしておくのがいいってなったからね。今じゃ、迷宮探索とかよりも、折衝とかで忙しくしてることの方が多くなって来てるわね。その辺は申し訳ないと思ってるけど、苦にせずにやってくれるからありがたいわ」


「なるほどな……」


 確かに慎はそう言うのが得意だ。

 なんでもこなせる万能型のステータス成長は、その性格に基づくところがあるのだろう。

 

「それに、冒険者業界は意外とパーティーとか多いからね。前時代的だけど、そういう時はカップルで行ってもらった方がいいのよ。で、慎君には公私ともに支えるパートナーがいるから……」


「ん? なんで一人だとまずいんだ?」


「ナンパされるからよ」


「え?」


「ナンパされるから。これは男女関係なくよ。そういうパーティーに出るような冒険者は、大抵有望だからね……独り身だと、とにかく声をかけられるのよ。女性の場合は、各企業の経営者とかその子息とかが多いわね。男性だと、良家のお嬢様とか? まぁ芸能人とかも男女問わず多いわ……」


「そりゃ……羨ましいな」


「本当にそう思う? もちろん、華やかに感じることはわかるわよ。でも実際にはほぼ政治よ。経営者系が来るのは有望な冒険者を囲い込みたいからだし、芸能人とかは話題作りとかそんな狙いだったりすることも多いわ。正直、うんざりよ……」


「あぁ……」


 頭を抱える雹菜に、これは本心だなと理解する。

 ただ、すぐに気をとり直して、


「ま、だから創もそういう場に出るときは気をつけることね。ほら、もう私の……その、あれなんだし」


「あれ?」


「……恋人! もう……ほら、着いたわよ」


 少し耳を赤くしながらそう言う雹菜が若干可愛く見え、そのまま会議室の中に俺も続いたのだった。

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