第298話 時間差

「……っていうか、さっき聞き捨てならないことを聞いたような気がするんだけど」


「なんだ?」


 雹菜が言ったので俺が首を傾げると、彼女は言った。


「向こうで一月近く過ごしてたって……一月? 数ヶ月の間違いじゃ……」


 言われて、あぁ、と俺は思う。


「それな……俺もこっちの世界に帰ってきて不思議だったんだけど、向こうで俺が過ごしたのは確かにひと月くらいだったよ。でも戻ってきたら数ヶ月も経っててさ……浦島太郎みたいな感覚に陥ってるところだよ……」


 冒険者業界は様変わりしているし、《転職の塔》のレッサードラゴンは倒されてるし、《無色の団》には新しい支部が出来てるし。

 まさに浦島太郎状態である。

 そんな俺に、雹菜は少し慌てた様子で言う。


「ちょ、ちょっと待って。じゃあ、異世界とこの世界では、時間にずれがある……?


「現実をそのまんま捉えるならそういうことになるだろうな。ただなんでなのかとか、何日が何日に当たるのかとか、その辺りは正直よく分からないけど……」


 俺がそう言うと、梓さんが補足するように言った。


「それは時と場合によるぞ。世界間の時間のずれは、世界間の距離によって生ずるものじゃからな。遠い世界との時間のずれは大きくなるし、近い世界とのずれは大したことがないか、ほぼ同じじゃ。また、どっちの世界の時間が早く進むかは、位置によるが……この辺りは説明するのが難しいのう……お、これくらいは説明が可能なようじゃな」


 彼女からすると、その知識は言葉にできない可能性のある知識だったようだ。

 しかしダメ元で口にしてくれたらしい。


「それが話せるのなら、他のことももっと話せたりするんじゃ?」


「いや、確実に無理そうなことは話そうとした時点で強制がかかる感じがするんじゃ。これはそうでもなかったからの。感覚的な話ですまんが、これはわしの意志で行ってることじゃないからそれ以上説明できん」


「そうか……まぁ、仕方ないか。で、世界間の距離?」


「うむ。この世界にしろ、異世界にしろ、同じ天盤に存在するわけじゃが、星が宇宙を動いているように、世界も天盤の上を動いておる。その天盤上の位置関係によって、時間の早い遅いが相対的に決まってくるのじゃな」


「……天盤ってのは……」


「まぁ、宇宙みたいなもんじゃ。厳密にいうと、天盤は一つではなく無数に存在するが……他の天盤に移動するのは、他の銀河に行くくらいには難しいことじゃからな。気にせんでいいじゃろ」


「わかったようなわからないような……」


「詳しく理解するには実際に天盤に触れる必要があるから、今は気にせんでいい……大体そんなもんじゃと思っておけば構わん。それで……天盤上で距離が遠い世界とは、時間がずれる。まぁ、最大で……百倍くらいは違うこともあるかの。迷宮経由で転移できる世界くらいの距離なら、まぁ十倍程度が限界ではないかな。それに、転移出来る時は世界間の距離が近い時じゃ。その期間であれば、ほぼ時間差なく過ごせるはずじゃ」


「期間って……」


 向こうの世界の女神は、二週間に一度、十二時間ほどしかつながらないと言っていたが……。 

 その辺りを梓さんに言うと、


「その十二時間であれば時間差はゼロじゃろうな。二週間であれば……まぁ、三週間くらいになる程度か。そしてひと月入れば、四、五ヶ月経つこともある。そんな感覚だと思っておけばいい。これは常に不変というわけではないから、目安でしかないがの」


「そうか……」


 また向こうに行くとしたら、二週間で留めておいた方が良さそうだな。

 そんなことを考えているのがバレたのか、雹菜が、


「向こうの女の子に会いに行きたいの?」


 と怖い顔で言う。

 俺は慌てて首を振って、


「い、いやいや、そういうことじゃなくて、向こうには貴重な素材とかもたくさんあるはずだからさ……行ける方法もちゃんとあるし、その時は雹菜も一緒に行けるぞ!」


 と言った。

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