第297話 危機感

「……情けないところを見せてしまったわ……」


 気絶状態から復活した雹菜が開口一番言ったのはそれだった。

 これに対して、梓さんは笑って言う。


「お主の年頃の娘らしいところが見れてわしは面白かったぞ。うちの桔梗は表情が薄くてわかりにくいところがあるからのう……」


 桔梗とは、《精霊の借宿》に所属している、梓さんの血縁だ。

 孫のような関係にあるが、その実、梓さんの年齢を考えると孫では済まないような気がする。

 もはや梓さんは先祖と言った方が正しいだろう。

 とはいえ、その辺り妖人はあまり気にしている感じではないから、俺たちがどうこう言うことでもない。


「代わりに私を面白がらないで欲しいのだけど……」


「たまにはいいじゃろ。それに、他のギルドメンバーに見られるよりマシじゃったじゃろ?」


「それは確かに……と言うか、我を失い過ぎてたわ……それもこれも、創がずっと帰ってこなかったのが悪いのよ」


「えぇ、俺のせい……? いや、俺のせいか……」


 反論しかけたが、考えるまでもなく俺が悪いのは間違いなかった。

 とはいえ、故意にやったことではないので俺が原因であるとしても、責任はないだろう。

 ただ、それを言葉にすると藪蛇な気がするので言わずにおく。

 雹菜はそんな俺に尋ねる。


「……それで、一体今までどうしてたの? 梓さんが色々推測してくれて、異世界に行ってるんじゃないかとかそういう話までしてたけど……」


 若干胡散臭そうな表情で、そこまでは信じていなかったのかもしれないな、これはと思う。

 ただ、生存については《ステータスプレート》の《オリジンの従者》があったので、そっちはまた別かな。

 ともあれ、俺は今まであったことをかいつまんで説明した。

 最後まで聞いた雹菜は驚いた表情をして、言う。


「……まさか本当だったなんて……。別に信じてない訳じゃないけど、何か証拠とかは……」


「証拠かぁ……《ステータスプレート》の表示があるな。後は……あぁ、向こうで色々買い込んできたりしたものがあるぞ。他には……あ、そうだ。新しい技術を手に入れたんだ。《陣》っていうモノでさ……」


「ちょ、ちょっと待って。そんなに色々あるの……!?」


 収納袋から色々ガサゴソ取り出しつつそんなことを話す俺に、目を白黒させる雹菜。

 対して梓さんの方は自らの手で淹れたお茶を啜りながら、


「他世界には他世界で発展した技術体系があるものじゃし、魔物などの生物や、鉱物関係についても全く違う性質のものがあることは普通じゃからな。そんなもんじゃろうて」


 と全く動じていない。

 まぁ、そもそも梓さん自体が異世界産の変わった生き物、みたいな存在であるから、彼女からしてみれば今更な話なのだろう。

 いや、梓さんからすれば、この世界こそがまさにそういうものか。

 どういう理由なのかわからないが、自分の世界へ帰れないと言うのは考えてみると寂しい話のような気がするが……その辺はそのうち聞いてみたいところである。

 今は細かい話をしても、奇妙な力で遮られてしまうから聞こうにも聞けないんだよな……。

 ともあれ、今は雹菜への説明か。


「そりゃあ、俺は向こうで一月近く過ごしてたんだからな。色々あるよ。向こうには冒険者ギルドとかあったからそこに所属したって言ったろ? 迷宮も探索したし……」


「……女の子と仲良くしてたのよね?」


 微妙に冷えた声でそう言われて、若干背筋がぶるりとする。

 なんだこの感覚は……。

 答え方間違えると死ぬぞ。

 本能がそう教えてくれたので、俺はいたって平常を装って言う。


「最初に出会った異世界人だったからなぁ……冒険者だって言うし、あっちの世界を知るにはそういう人について行くのが一番だったんだ。こっちの世界と違って、誰でも使える長距離連絡手段みたいなのは見る限り、なかったし」


「ちょっと不便ね……」


 どうやら答え方は間違いではなかったらしい。

 まぁ嘘というわけではなく、本当にミリアとエリザ以外に頼る相手がいなかったからな。

 街に行ってからはそういうわけでもないが、やはり最初に仲良くなった相手の方がやりやすいに決まっている。

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