第296話 手段
「なっ……ななな……あっ……」
梓さんの声に振り返った雹菜は、顔を真っ赤にして何か言葉にならないような台詞を吐き、それからフッと気を失った。
「おっと……」
そのままでは地面に頭をぶつけてしまうからと、俺は雹菜の体を支える。
それから、ソファに寝かせた。
一応……膝枕して。
「……お主、なんか手際が慣れておらんか? 女たらしか?」
梓さんに胡散臭そうな表情でそんなことを言われ、俺は慌てて否定する。
「そんなわけないだろ……そんなこと出来るような人生じゃなかったしなぁ。オリジンになるまでは出来の悪い冒険者で、なってからは色々と忙しかったわけだし」
「なるほど。言われてみればそうか。しかし雹菜の方も思った以上に
にやにやとした表情で言ってくる梓さん。
俺はそんな彼女に言う。
「雹菜は雹菜で今まで冒険者稼業に全部人生突っ込んできただろうしなぁ……こういうことにはあんまり経験がないんじゃないか? 多分……」
「元カレとかいたらどうするんじゃ? 嫉妬するのか?」
「あー……」
絶対にいない、というわけではないからそんなことも考えないとならないのか。
でも……。
「気になる人は気になるんだろうが、俺は別にそういうタイプでもなさそうな気がするな。過去に何があろうと、今、雹菜は俺のものだ」
言葉にするとそんなところだな。
それを聞いた梓さんはフッと真面目な表情になってから微笑み、言った。
「それなら、問題なさそうじゃな。なに、からかって悪かったの」
「いや……」
「ついでじゃが、雹菜に元カレなんておらんと思うぞ」
「なぜ分かるんだ?」
妙に確信ありげな台詞に俺が首を傾げると、梓さんは言った。
「わしには分かるんじゃ……まぁ細かいことはプライバシーの問題があるから黙っておくことにしよう」
なんだかよくわからないが……まぁいいか。
「そういえば、雹菜ってなんでこんなに早く来れたんだ? 俺がここについて30分くらいしか経ってないんだけど」
「あぁ、それは簡単じゃ。わしが丸の内支部に連絡するように受付の二人に伝えておいたからじゃな。雹菜はそっちで事務仕事でもしてたんじゃろ」
それを聞いて、すぐにこっちに来たわけか。
それなら理解できなくもない……か?
「なるほど……でも30分は速すぎないか? 電車乗ってもそれくらいかかるし、車で来たらまぁそんなものかもしれないけど……」
ちょっとだけそれでもまだ早すぎたような気がして、俺が首を傾げると、梓さんは言った…
「文字通り飛んできたんじゃろ。さっきバタバタ五月蝿かったじゃろ。あれは小型ヘリの音じゃぞ」
「えぇ……?」
確かに、雹菜がここに来る前にプロペラの音と思しき轟音が聞こえていた。
加えて、雹菜は下からではなく、上からの階段を降りてきていた気がする。
と言うことは本当なのだろう。
梓さんは若干呆れたような顔で言う。
「まぁヘリで来るような距離じゃないがのう。車で十分じゃが……一分一秒でも早く来たかったんじゃろ」
「……操縦士とか雇ってるのか、うちのギルドは……」
あと、ヘリ自体も所有してるのか?
確かに買えなくはないんだろうが……儲かってるんだな……。
「雹菜が持っとるぞ。B級冒険者はなったその時点で取れる、というか取ることを推奨されるからの。日本中どこでも急行出来るようにと」
「マジか……」
言われてみて思い出したが、確かに習った記憶がある。
B級以上の冒険者は、さまざまな資格制度において優遇を受けると。
それは実際上の必要のためもあるし、そこまでのランクに至った冒険者に対する褒章でもある。
雹菜はその辺り、活用しまくっていそうな感じがする……。
「……俺はとんでもない人を彼女にしたのかもな」
「今更じゃろ」
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