第291話 ギルドビルにて

「……なんだか、ほんの一ヶ月しか経ってないのに懐かしいな。正直、向こうの世界の冒険者ギルドの方がしっくりくるもんな……」


 俺は、《無色の団》のギルドビルを見ながらそう呟く。

 あの頃とほとんど様子は変わっておらず、見慣れたものだがひどく懐かしい。

 ただ、なんというか窓とかに様々なチラシというか求人広告みたいなのが貼ってあるのは前は無かったことかな。 

 別に違法なものではなく、冒険者協会とか冒険者省とかが主催するイベントの張り紙とかもあり、ギルドとして掲示しているものだということは分かる。

 また、


「……《無色の団》事務員募集? まぁそうか。俺が向こう行く前から冒険者はともかく、事務は雇おうって話はしてたもんな……」


 見れば結構いい額の給与で、ギルドの経営状況は良さそうだということは分かる。

 一応その辺りも向こうにいる間は少しだけ心配していたが、俺がいなくなったくらいで傾くような経営では無かったのでまぁそりゃそうかという感じではあった。

 大半の稼ぎは雹菜が叩き出していたしな……。

 数ヶ月経って、その辺りの割合も改善しているといいな……。

 などと考えながら、俺はギルドビルの中に入った。


 中に入ると、意外にも内装は少し変わっていた。

 受付部分に当たるところが結構変わっていて、前は申し訳程度に一人そこに立てればいいみたいな感じだったが、今は割と立派だ。

 そして二人、二十代中ほどくらいかと思しき美人受付がそこに立っている。

 当然ながら、見たことのない顔で、俺を見ると同時に、ニコッ、と微笑んでくる。

 無視して中に入る……ということもできなくはないというか、別に構わないはずだが、それをやるのはどうも良くなさそうだと、日本人的に培われた空気読みの力が教えてくれる。

 俺はとりあえず、その受付に近づき、言った。


「……申し訳ないのですが……」


「はい、ギルド《無色の団》へようこそおいでくださいました。今日はどのような御用でしょうか?」


 どのような御用も何も、ギルド員なんだが……と思った俺は言う。


「いえ、雹……白宮代表に取り次いでくれませんか? 最近色々あって会えなかったものですから……あぁ、俺……いや、私の名前は天沢と申します」


 すると、白宮代表、の名前を出した時点で怪訝な顔をされる。

 実のところ、彼女たちの気持ちは理解できた。

 なぜと言って、以前、俺がここにいて雹菜のマネージャーじみた役割をしていた時、ギルドにかかってくる問い合わせで、自分は白宮代表と知り合いなのだが、とか言って全く知り合いでもなんでもない、みたいなことは頻繁にあったからだ。

 新進気鋭の冒険者である雹菜とどうにかしてパイプを持ちたい、という人間が、この国にはたくさんいるわけで、それは今も変わらないのだろう。

 しかし他に言いようがな……名前は名乗っているわけだし、わかってくれるんじゃないか、とかアバウトに考えてこう言ったのだ。

 残念ながら不正解だったみたいだが。


「失礼ですが、白宮代表とはどのような……アポイントメントはございますか?」


「いや、特に約束は……」


「でしたら、お取次の方は難しく……代表はお忙しい方ですので、アポイントなしには……」


 そんなことを言われてしまう。

 まぁ……そりゃそうか。

 これはダメそうだ。

 だが、別にこれならこれでも構わない。

 一旦家に帰った後、雹菜の自宅の方にでも行けばいいわけだしな。

 ちゃんと合鍵もあるし……。

 ここに先に来たのは、転移した直後に出た場所がここだったから、近いだろうというだけだ。

 電車代とかも別に財布は持っているし普通に帰れる。

 最悪、冒険者としてのステータスにモノを言わせて自らの足でダッシュで帰るという方法もなくはないし、大した問題ではない……。

 そう思っていると、


「……ふむふむ、やっぱり冬場は焼き芋じゃな……さっき急いで追いかけて買ってよかったわい……」


「あっ、顧問! お帰りなさいませ!」


 ガーッ、とギルドビルの入り口の自動ドアが開き、そこから現れたのは、焼き芋が大量に入った紙袋を抱えた、狐耳姿の少女だった。

 そいつは俺の顔を見て、


「……お? ……おぉぉぉぉ! ハジメではないか!!」


 そう叫んだのだった。

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