第290話 地球

「……ここは……」


 あの不思議な穴に触れると同時に周囲の景色が歪んだが、意識はしっかりとあった。

 しばらくの間、不思議な浮遊感が続いたあと、俺の足が地面に触れる感触がした。

 視界はもはや歪みなく、周りを確認できる。 

 ただ、パッと見たかぎり、ここは迷宮の中ではないようだった。

 というのも、右にも左にもコンクリートの壁が見える。

 おそらくは、どこかのビルに挟まれた路地裏といった感じだな。

 でもまぁ……。


「間違いなく、ここは地球だろう。帰ってきたかぁ……」


 その辺に落ちているゴミやチラシに書いてある文字から見て、どう考えてもここは日本だった。

 キャッチやら何やら配るそういったものにありがたみを感じたことは人生で一度もなかったが、今日ばかりはこれらの存在に心底ホッとさせられる。

 ただ、もしかしたら地球と物凄く酷似した別世界、という可能性もゼロではないだろうが。

 その辺を歩いてる人間に「ここはどこですか?」と聞いたら「え、大日本皇国ですけど……」とか返ってきたら目も当てられない。

 それはそれで面白いかもしれないが、そうなるともはや元の地球にどう帰ったら良いのか本当にわからなくなるので勘弁して欲しかった。

 そんなことを考えつつ、路地裏から出てみると……。


「……うーん、見慣れた光景だな……五反田だろ、ここ……」


 どうやら、俺が出たのは五反田駅前らしかった。

 駅ビルの姿がはっきりと見えている。

 俺たち《無色の団》のギルドビルがあるのもこの街であるから、見慣れたものだ。

 なぜここに出たのかは謎だが……。

 異世界から転移する場合、決まった場所に出るわけではないということだろうか?

 俺としてはここに出られたのはこれから向かう場所からして便利なことは間違いないのだが……。

 とりあえず、俺はギルドビルに向かう予定だからな。


「その前に……あっ、すみません。ちょっといいですかね」


 道ゆく人の中で、人の良さそうな人間に当たりをつけて話しかける。


「……はい?」


 それでも少しばかり不審そうな顔で首を傾げているが、とりあえず足を止めてくれた。

 しめたものと考えた俺は、すぐに尋ねる。


「ここって日本であってますよね?」


 我ながらやばい質問だな、と言ってから思うが、もう口に出したものは仕方がない。

 向こうもこいつおかしいんじゃないか、という表情を隠そうともしなかったが、そんなおかしい奴と長く関わりたくないという気持ちが先行したのだろう。

 即座に、


「ええ、そうですよ。日本です。ちなみに今は十二月です……随分と寒そうな格好ですけど大丈夫ですか? いや、私が気にすることじゃないですね……それでは」


 と答えて去っていった。

 十二月……。

 って、俺があっちに向かってから何ヶ月も経ってるぞ。

 確かになんか肌寒いなとは思ってたが……。

 対して辛くないのは、やはりステータスが高いから寒暑に対して普通の人間よりもずっと耐性があるからだろう。

 人によってはマグマに浸かっても平気なこともあるらしいからな。

 まぁ、それはほんの一握り、A級やS級の限られた人だけだが。


 それにしてもこの時間差はどういうことだろう。

 俺の体感だと、向こうで過ごした時間はどんなに長く見積もってもひと月ほどなのだが、明らかに何倍も時間が過ぎ去っている。

 異世界とこちらとでは、時間の経過に差がある、と考えるのが順当なのだろうが……。

 だとすれば相当な心配をかけたのは間違いない。

 まぁ、一月でも問題だろうが……いや、めっちゃ怒られるんじゃないか、俺。

 今更ながら、危機感を感じ始めた俺だった。

 でも戻る方法なんて見つけようがなかったし、能天気と言われてもあんまりそればかり考えていたら精神的におかしくなりそうであえてそう過ごしてたところが大きい。

 だから許して欲しいものだ……。

 ともあれ、まずは会いにいかなければ。

 俺の死亡届とか失踪宣告とかされていたらそれも取り消してもらわないとならないしな……。

 そんなことを考えながら、俺はギルドビルに向かって歩き出す。

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