第289話 転移

「……転移層行けば転移できますよってあの女は言っていたわけだが……」


 どうやってだよ、と突っ込みたくなるのは仕方がない。

 《ステータスプレート》上では転移層はこの迷宮の第三層になっているので、あの女の言うことを魔に受けるのであればもう転移出来ていておかしくないはずである。

 なのだが……。


「……これって転移してないよな、別に。待てど暮らせど何も起こらないし……何か扉みたいなものがあるのか? 来るときはそんなものなくて、気づいたらこっちの世界にいたけど……」


 とりあえず第三層に来て、突っ立っていたら数十秒後に転移、みたいなことが起こるかと期待してそうしていた。

 しかし、案の定というべきか、何も特に起こることがなかったので、次はテクテクと目標なく歩き回ってみた。

 それでも何も起こらない。

 だから、何かしらのきっかけのようなものがこの階層のどこかにあるはずだと考え、今はそれを探して歩き回っているところだ。

 これで何も見つからずに上の階に戻る羽目になったら、さっきの別れはなんだったんだとミリアとエリザに突っ込まれる。

 そんなカッコ悪い話はないので絶対に見つけるつもりだが……。

 どこだ?

 どこにある、転移の方法……。


 そう思ってひたすらに周囲を目を皿のようにして見回し続けた。

 もちろん、その間、魔物たちが定期的に襲い掛かってはきたが、ゴブリンやスライムばかりなのでモノの数ではない。

 しかも今の俺には魔術がある。

 しっかりとこっちの世界で学んだ魔術が。

 遠距離攻撃もすんなりと出来るので、近づいてきたのを確認すると同時に《火矢》とか《炎槍》とかを放って終了だ。

 ちなみに、迷宮では火炎系の術を使っても怖くはない。

 もちろん、場所によるのだが、この第三層のような《開放型》と言われる階層なら全く問題はないからだ。

 《開放型》とは何かといえば、一応、迷宮とはいえ建造物であると言えるだろうが、その中にあるのに、まるで一つの世界があるかのような階層のことだな。

 つまり遠くを見れば太陽が見え、空が見え、地平線が見えるようなところのことだ。

 《開放型》以外にも呼び名は色々あるが、まぁそれはいいだろう。

 ただこんな空間であっても果てがあるのは確認されている。

 それを探すためだけに迷宮に潜り続けてるような人が、地球にはいるからな……。

 

 だから、向こうに戻るきっかけを探すにしても、永遠にここを彷徨い続けるようなことにならないのはわかっていた。

 時間がかかっても、いつかは見つかる。

 食料や水はこういう階層だと探し方さえ知っていれば普通に確保できるので心配はなかった。

 

 そういう、ある種の余裕を持っていたのが良かったのか、ついに俺はそれを発見する。


「……あれは……なんだ、穴か……?」


 そこにあったのは、妙な黒い穴だった。

 しかし、真っ黒、というわけではなく、中を覗いて見ると、星空のような輝きが宿っている美しい存在だった。

 すぐに触れる……のは危険か、と思った俺は、その辺から石を拾って投げ込んでみる。

 すると、穴に触れると同時に、ブン、と石の形がブレ、どこかに消えてしまった。

 中に飲み込まれたというより、どこかに転移した、という感じがした。

 もしかしたらただ消滅しただけ、という可能性もあるが……。


 俺も触れるべきかどうか、迷っていると、


《伝え忘れましたけど、その転移穴に触れれば帰れますよ。どこに繋がってるかは《ステータスプレート》に機能追加しておきますね》


 と、あの時、教会で聞いた女の声がした。


「え、おい!」


 と話しかけてみるが、もう何も帰ってはこなかった。

 ここは教会ではないし、無理して伝えてくれたのかもしれない。

 そう思えば、まぁ、悪い気はしなかった。


「……まぁ、問題ないっぽいし、触れるか……」


 そして俺は《転移穴》というものに手を伸ばし、触れる… …。


 すると、周囲の景色が唐突に歪み、真っ白な空間に向かって落ちていくような感覚がしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る