第286話 古竜鉄の短剣
「……完成したぜ」
そう呟いたのは、鍛治屋《竜剣堂)の主であるガランドールだった。
その手には短剣が握られていて、それを惚れ惚れした様子で見つめている
鞘に収められた短剣は装飾も少なくシンプルで、その辺りについては俺が不要だと言ったのを聞いてくれた形になる。
「本当にもらっていいのか? ただで……」
俺がそう尋ねると、ガランドールは頷いて答える。
「あたり前だろ。お前らがいなきゃ、ヴェストラ山は何にも使い所のねぇ鉱山のまま、最悪の場合何十年もあのままだったんだぜ。けどこれからは違う。あそこからは古竜鉄が出るのもはっきりしたからな……鉱山主から操業権をこの機会に買い取ったから俺としちゃ、大儲けだしな」
どうやら、ガランドールは今回のことに賭けたらしい。
俺たちが見てくる、と言った時点で元々の鉱山主から操業権を買い取る話を進め、契約したようだ。
全額一括払いという豪気な買取り方をしたようで、もう所有権はガランドールに移っているという。
良く鉱山主も売ったものだな、と思ったが、あの鉱山の操業停止により、各所への支払いが限界に達して藁にもすがる思いだったようだ。
そこにつけ込んだ形になるので、だいぶあくどいといえばあくどいが、それもまた商売だろうな。
というか良くそんな金があったものだと思ってしまうが、これについてはミリアとエリザは不思議そうではなかった。
どうやら、特級鍛治師の本来の稼ぎというのはとんでもないものらしく、落ち目の鉱山の一つや二つなら、ぽん、と買えてしまうくらいの財産はあっても不思議はないらしい。
何にせよ、ガランドールは賭けに勝ったわけで、これからはどんどん鉱山からも利益を得られるということだ……。
「まぁ、そういうことなら遠慮なくもらっておくよ……へぇ、不思議な色の剣身だな。少し紫がかってる」
短剣を鞘から抜くと、その刃が明らかになる。
一般的な刀剣とは違い、妖気に満ちたような紫がかった色合いをしていて、実際、魔力の流れがあるのも見えた。
切れ味鋭そうな刃は、素手で触れることを躊躇わせる。
「ほれ、ちょっと試し切りしてみろ」
ガランドールがそう言って少し太めの木の棒を差し出してきたのでそれを切ってみると……。
「……なんだこれ。抵抗ほぼゼロだな。バターみたいに切れるってのはこのことか……」
まさにそんな切れ味だった。
とんでも無い性能である。
「すごいだろ。まぁそれでも中途半端な品なんだが……お前らが持ってきた古竜鉄から、急いで作った品だからな。本当ならこれから採掘して、しっかりとした剣を作ってやりたかったんだが……」
「それはまた今度にしてくれって言っただろ。俺はどうしても行かなきゃならないところがあって、明日にはここを出ないとならないんでな。代わりに、先にミリアとエリザに武具を仕上げてやってくれ……しかしそっちもタダでいいのか?」
「構わないさ。さっきも言ったが、古竜鉄の武具を作れるようになったのは、お前らのお陰だ。どれくらい古竜鉄があるのかわからないが、三人分の武具くらいで枯渇する程度ではないのは分かってるしな。他の誰かに売るときに、その分のコストも回収するから問題ない」
「そうか……。本当にありがとう。ミリアとエリザはまた後日来るって話だったから、良くしてやってくれ」
「あぁ、お前も元気でな。って言っても、また来るんだろ?」
「そのつもりだけど、いつになるか分からないからなぁ……」
「ま、いいさ。また会えるなら。永遠の別れじゃない限りな。その時までに最高の武具を作っておいてやるから、楽しみにしてろ」
「あぁ、じゃあな、ガランドール」
そして軽く拳を合わせて、俺は《竜剣堂)を出たのだった。
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