第270話 ボス部屋
「……だいぶ強そうではあるけど……あくまで普通の
ボス部屋の扉を少し開けて、外側から中を覗きつつ、俺はそう呟いた。
中に入らないのは、一歩足を踏み入れてしまえばあの石魔導人形が反応するかもしれないからだ。
ボス部屋の魔物がどういうタイミングで反応するかは、迷宮や階層、魔物の種類などによって様々だ。
一歩でも中に入れば動き出して襲いかかってくる場合もあれば、ある程度の間合いまで近づかない限り無反応なこともある。
それは、実際に中に入って確認しない限り、分からない情報だ。
しかし、地球であればある程度のデータが集まってネットなどで公開されていることも多く、ここまで慎重に確認する必要はない。
けれどこの世界にはネット環境なんてあるはずがないからな……。
一応、冒険者ギルドに集まっているデータをまとめた書物とかはあるようだし、また、酒場などで情報収集すればそれなりに知れることもあるという。
だが、どれも確実な情報とまでは言い難い。
こちらの世界では知識の貴重さが地球とはまるで違うのだ。
そのため、重要な情報が秘匿される傾向が強い。
地球だと、迷宮探索はまるでゲームのように考えられているところがあるから、結構、攻略情報とかは正確なんだよな。
共有した方が断然効率的だということをみんな知っているからだ。
まぁ、それでも深層にいくにつれて情報の数も確度も下がっては行くが。
特に最前線攻略組は倒した魔物の強さは語っても、攻略情報自体は語らないことも少なくない。
彼らにとって、最前線の情報というものは何よりも大事だからな……。
とはいえ、そういう者たちはそういう者たち同士で情報のやり取りをしているので、絶対に誰にも教えないというわけではないようだが。
そんなことを考えていると、俺と同じように中のボスを確認したエリザとミリアが言う。
「そこまでではないって言いますけど、普通のやつの三倍は大きいですよ、あれ……」
「私も初めてこの目で見たが……普通にやったらすぐに敗北する自信があるぞ」
さっきまでは結構乗り気だったエリザですら、ちょっとばかり引け腰になってしまっていた。
まぁ別に無理に今日攻略しなければならないという相手でもない。
だから俺は尋ねる。
「じゃあ、やめておくか? 別に今日は確認しましたってことで明日にしても……」
明日明後日も攻略して、三日後に迷宮を後にする予定だから、今日は無理しなくていいのだ。
そういう意味で言ったのだが、エリザは、パンッ、と自分の頬を両手で叩いて気合いを入れて言う。
「……いや、ビビって悪かった。あのくらい、さっきのハジメの補助魔術があれば、なんとでもなるはずだ! やろう!」
「……そうか。気合い入れるのはいいんだが、だからって変に暴勇を出したりはしないようにな……」
「それはもちろんだとも。いい冒険者の条件の一つに、臆病であることを恐れないこと、というのがあるんだぞ」
「へぇ、それはいい言葉だな。一般的な諺なのか?」
「いいや、だいぶ前にカーク村に来た冒険者から聞いた言葉だな。以来、胸に残ってる」
「そうか……でも間違いなく大事な心得だな。じゃあ、そんな感じで頑張ろうか、二人とも」
「はい」
「おうとも」
******
「……間合いを近づけないと反応しないタイプみたいだな」
武器を抜いてからボス部屋に入ってみると、部屋の中心に立っている頭が二つある石魔導人形……二頭石魔導人形と言われることが多いようだ……は、それこそ石像のように突っ立ったままだった。
こうなると、ジリジリと距離を詰めていくしかない。
とはいえ、あまり時間をかけすぎても緊張を維持しきれないから、それなりにスタスタ近づいていくのだが。
「先に補助魔術かけておくよ。今度は二人に」
「ん? あぁ」
「私もですか? ありがたいですけど……私の意味が……」
ミリアがちょっと不服そうなので、
「ミリアは離れた位置から攻撃魔術を使ったらどうかな。エリザが前衛で。俺はミリアを守るような形で中衛をやるから」
俺はそう言う。
すると、ミリアは少し悩んだ様子だったが、最後には言った。
「……まぁ、効果が一番高い人が補助魔術かけた方がいいでしょうしね。分かりました」
「ミリアには、魔術効果上昇でいいよな?」
「はい。元々あんまり大した攻撃魔術、使えないんですけど、さっきのエリザを見てたら、私でもそれなりの使えそうですし」
「……エリザは流れ弾に気をつけた方がいいかもな」
「肝に銘じよう」
そして、俺は二人に補助魔術をかけた。
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