第264話 迷宮前

「……ここが《忘れられた傀儡墓地》か……なんか話に聞いてたより、規模が大きくないか? ちょっとした宿場町っぽいぞ」


 俺がそう言ったのは、迷宮それ自体についてではなく、その周りに集まっている人々を見てそう思ったからだ。

 小規模な簡易宿泊所がある程度だ、みたいな話だったが、見る限り、結構な広さに巨大なテントなどがいくつも張られている。

 また、行商人が開いていると思われる店舗の数も相当なものだ。

 何というか、大規模な祭り会場、みたいな空気感があった。


「これは私も驚いた……以前来た時、と言ってもそれほど前では無いのだが、その時はもっと閑散としていたぞ。身入りも大したことないからと……まぁ、《緑鬼の土巣》が潜れないからここに来る人々が多いと考えればそれほどおかしいこともないが……それにしても、多すぎる気がするな。ちょっと人を捕まえて聞いてみるか」


「あっ、それなら私が聞くよ! すみませーん!」


 ミリアがそう言ってその辺を歩いている屈強な冒険者を一人止める。

 彼女はなんというか雰囲気が柔らかいので、人からの印象がいい。

 そのため、冒険者はすぐに足を止め、


「ん? なんだ?」


 と言って来た。

 雰囲気から言って、実直そうな冒険者だ。 

 そういう目利きもミリアはいいんだよな……。

 

「あの、《忘れられた傀儡墓地》ってここでいいんですよね? なんか賑やかすぎませんか? そんなでもないって聞いてたんですけど……」


 ミリアがそう尋ねると、冒険者は、あぁ、と納得したような表情で答える。


「ってことはバブルを知らずに来たな。運がいいな、姉ちゃんたち」


「バブル?」


「おう。実は一週間ほど前に、中層で《金人形ゴールデンドール》が目撃されてな……」


「えっ! ほ、本当ですか!?」


 話が見えず、俺はエリザに尋ねる。


「どういう意味だ……?」


 聞いたことない魔物だ。

 ただ、名前からして想像できることはあるが……。

 これにエリザは、頷いて答えた。


「小指の先ほどの小さな《人形ドール系》の魔物だよ。大きさからして極めて見つかりにくいし、そもそも滅多に出ないんだが、ここでは稀に《湧く》ことで知られてはいる。ただその周期が分かってなくて……普段は閑散としてるんだ。ただ、《湧き》始めると《バブル》と呼ばれる期間に入るんだな。なぜかといえば《金人形》はその体全体が金で出来ている。一匹捕まえれば金貨五十枚は固い。一度の《湧き》で出てくる《金人形》の数は多くで百体ほどだと言われているがそれでもな……」


「なるほどな。そのまま、金バブルって訳か……」


 あまり無制限に湧き続けるのなら本当にバブルのようになってそのうち弾けそうなものだが、滅多にない現象ということならその心配はないのかな。


「みんな独り占めしたいから、ここから街に帰る奴はほとんどいない。いても街じゃここのことなんか誰も言わないんだよ。良かったな、ちょうどいいところに来れて。じゃあ、俺はそろそろ行くぞ」


 ミリアが話しかけていた冒険者そう言って、笑顔で手を上げて去っていく。

 あの笑顔は儲かりそうだからというのが大きいのだろうな。

 人間、金に満たされていれば大抵、器が大きくいられるものだ……。


「二人とも! 私たちも《金人形》探しましょうよ!」


 そう言ってきたミリアの目が金貨になっているのが見える。


「……意外にガメツイのか、ミリアって」


 俺がそう言うと、エリザは頷いて、


「まぁ金勘定には細かいところがあるな……村長からその辺はしっかり叩き込まれているようだ」


「なるほど、会計とかも村長の仕事か……さて、どうするかね。俺たちも参加するか、バブルに」


「中層ということだから……まぁ、軽く見てみるくらいはいいのではないかな。だが、無茶は禁物だ。ミリアも分かっているな?」


「そ、それはもちろん。お金より命が大事だから……」


 それでエリザは頷き、俺たちは迷宮入り口へと向かった。

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