第263話 馬車
「……この馬車で行くのか」
次の日、俺が少し目を瞠ってその馬車の前に立っていると、御者と乗車賃の交渉をしていたエリザが戻ってきて、
「どうした?」
と尋ねる。
彼女からしてみると、俺の驚きの理由が分からないのだろうな。
とはいえ、それも当然の話で……。
「いや、馬車って言うから、普通に馬が引っ張るもんだと思ってたから……」
俺がそう言うと、エリザは首を傾げて、
「なぜだ? 馬車だからと言って馬とは限らんだろう?」
と言ってくる。
ここで俺は、あぁ、なるほどと気づく。
なぜか俺とこの世界の人間たちとの会話は、普通に日本語で成り立っているように俺には感じられる。
しかし、実際には《ステータスプレート》の力で、俺にとってはそう聞こえる、感じられるようになっているだけなのだ。
つまりどういうことかというと、《馬車》と言ったからといって《馬が曳く車》という意味合いの単語とは限らないのだろう。
俺はそういう語源の言葉を使っているが、この世界の《馬車》は《何らかの動物が曳く車》という意味の単語なのかもしれないし、全く別の語源から来ている言葉かもしれない。
まぁ、その辺を考え出すと翻訳機能について探究したくなってくるので今は気にしないでおこう。
いつの日にか、言語学者とかに考えてもらった方がいいことだな……。
そこまで考えて、俺はエリザに言う。
「……そうみたいだな。で、この動物は……」
「これは《
そう、そこにいたのは、巨大な亀……に似た生き物だった。
ただ、普通の亀よりも足が長く、何だか不思議な生き物にも見える。
これも亀というより別の生き物なのかもしれないが、俺にわかりやすく翻訳されているだけなのだろう。
馬がついているのも同じような理由か。
全く、親切なことで。
「《亀馬》は足も速いですし、体力もありますし、力も普通の馬よりも強いので大きめの馬車を曳く時に使われることが多いですね」
ミリアがそう言ったので、なるほどと思う。
「確かにこの馬車は少し大きいな……《忘れられた傀儡墓地》に行く人が多いからか?」
「そういうことだな。十二人乗りだったかな……他にも荷物とか積んでいくから、それを空にすればもっと乗れるだろうが」
エリザが事情を説明する。
「何のための荷物だ?」
「《忘れられた傀儡墓地》のある場所は少し遠いからな。休憩所とか店とかがいくつかあるんだよ。そこに補充するための商品だな。だから、しばらく潜り続けるならわざわざ街まで戻ってこなくても、そこに滞在し続けることも可能だ。まぁ、そうは言っても小規模なものだし、そもそも、浅い層は身入りのいい迷宮というわけじゃないから、普段ならそこまで沢山の人間がいくわけではないが……今は《緑鬼の土巣》が立ち入り禁止だからな。迷宮に潜ろうと思ったら、最初に選ぶ候補の一つに入ってるわけだ」
「無収入は辛いもんなぁ……」
「何だか随分と実感の入ってる言葉だが……」
「いや、向こうにいた時、しばらく無職の可能性がある期間があったから、無収入も恐ろしくて……」
「なるほど、ハジメほどの実力があるならそんなこととは無縁と思ってたが……」
「苦労したんですね……」
二人から、同情の視線を受ける俺だった。
この二人については、豊かな村で、しかも結構いいところのお嬢さんをやっていたわけだからそういうのとは無縁なのだろうな。
それでいて冒険者を選ぶあたり、結構クレイジーなところもあるような気がするが。
「ま、今となっては過去の話だ。さて、馬車に乗るか」
「あぁ」
「そうですね」
そして俺たちは迷宮へと向かった。
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