第251話 酔い
「……だからなぁ! 俺は言ってやったんだ! 冒険者ってもんは、自由を胸に……」
「分かった分かった。だから今日はもう帰ろうって。お前重いんだよ……ゴズラグ」
あの後、ゴズラグに案内された酒場は彼自身が言った通り、街の奥まった場所にある隠れ家的な店で、出してくれる酒も上質なものが多いらしかった。
らしい、としか言えないのは、俺は酒なんて初めて飲んだからだ。
まぁ厳密に言うなら、地球にいる時、正月とかに間違ってビールとか日本酒に口をつけてしまったことくらいはあるけれども、その時は速攻吐き出したしな……。
で、今回、ゴズラグやバーテンに勧められるがまま飲んでみたのだが、どれも口当たりがよく、美味しい、と素直に感じられるものばかりだった。
俺の味覚が変わったのか、こっちの世界の酒は相当に美味いのか。
向こうに帰らない限りはなんとも言えないところだが……。
「はぁ、帰れるのかねぇ……」
独り言でそんなことを呟きたくなってしまった。
隣ではへべれけのゴズラグが気分良さそうに色々言っている……ん?
そういえば、さっきまでうるさかったのに、なんか急に静かになったな。
「……おい、ゴズラグ……」
『帰りたいですか?』
「あ?」
急に、ゴズラグの首が妙な動きを見せ、俺の方に視線を合わせてきた。
目には妙な光が宿っている。
酔っているが故のもの……という感じではないが……。
口調もおかしい。
こんな丁寧な喋り方を、こいつはしないはずだ。
奇妙に思って俺は尋ねる。
「いや、どうしたんだよ、ゴズラグ」
『……ついてきてください……」
「あっ、ちょっと待て!」
俺の肩に寄りかかっていたくせに、スッと抜けてそのままゴズラグは歩き出した。
そういえば、声もなんかくぐもっているというか、二重音声というか、妙な響きだったな、さっき。
これは一体……?
しかし、ゴズラグは確信を持った足取りで進んでいくため、止めようがない。
肩を掴んでも振り払われるし、もう仕方がないなこれはと思ってついていくことにした。
そしてしばらく、人気の少ない街を歩いて辿り着いた場所は……。
「……ここは、廃教会、か……?」
そこはスラムの奥まった場所にある、崩れかけた教会だった。
すでにだいぶ前に廃棄されてしまったらしく、一体何の神を祀っていたのかすら分からないらしい。
そんな説明を以前、ゴズラグから受けたから、まぁ、彼がここを知っているのはおかしくはないのだが……。
そのままゴズラグはフラフラとして廃教会の中に入っていく。
俺もそれに続いた。
「おいゴズラグ……もう帰ろうって。酔っ払いすぎだぞ。大体、ここって今にも崩れそうなんだが……ボロすぎだろ。こんなところには神様なんていやしないって」
説得と悪態がないまぜになったような台詞を吐き続ける俺だったが、ゴズラグはついに立ち止まった。
そこは教会の最も奥、祭壇の手前であった。
夜なので、月明かりが割れた窓の隙間から差し込んでいて、妙に神々しく映る。
実際にはただのおっさんなのだが……なんだか目が妖しい。
そんなゴズラグが、ダァン、と倒れる。
「えっ、おい、ゴズラグ! ゴズラグ!」
と慌てて駆け寄るも、
『……安心して大丈夫です。ただの飲み過ぎです。寝てるだけですよ』
と、どこかから声が聞こえた。
顔を上げると、そこには透き通った女性が立っていた。
「……あんたは……いや、それよりもゴズラグは……あぁ、息はしてるな。脈もあるし……本当にただ寝てるだけか……」
と少し安心する。
それから、
「で、あんたは一体何者だ? なんで向こう側が透けてるんだよ? 幽霊か何かか」
と、女性に尋ねた。
すると彼女は言った。
『当たらずも遠からずと言ったところです。ただ、私が何か、よりも大事なことは、創さん。貴方を向こうの世界に戻すことです』
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