第246話 理由

 リリアの様子は、エリザから聞いていたのとだいぶ違うような印象を受けたのは確かだ。

 しかし、彼女はなぜこのような振る舞いをするのか……。

 少し困惑したが、この世界の貴族はこのようなものかもしれないな、とも思う。

 そもそも、俺は貴族からしたら平民に過ぎない。

 いくら命が助かる理由となった解毒薬を持ってきたとは言っても、だからと言って向こうが謙るという判断にはならないのだろう。

 地球には、貴族という存在が全くいなかったわけではないが、少なくとも日本には存在しなかったからな。

 上級国民とか言われたとしても、あくまでも身分的にはみんな同じ建前だ。

 だから生まれつきの格や価値の違いみたいなものが、殊更意識され、そしてそれを前提にそれぞれの態度が決まってくるようなことは少ない。

 けれどこの世界では、ある。

 そういうことなのかなと。

 そしてそう考えると、リリアの振る舞いには納得が行ったため、俺は落ち着いた。

 そういう感じで来るなら、こちらもそれなりの態度で振る舞えばいいだろうと、そう思えたからだ。

 別に反撃してやろうとかそういうことではないぞ。

 そうではなく……。


「それで、いかがでしょうか。解毒薬の入手先は……」


 とリリアが言ってきたので、俺は答える。


「エリザがどのように話したのか分かりませんが、あれは私が知り合いからたまたま手に入れたものです。ですので、ルートを問われましても、なんとも言えないですね。その方は故郷の知り合いではありましたが、会ったのもしばらく前です。どこに行くとも聞きませんでした」


「……そのようなものを私に?」


「私は自分が手に入れたアイテムを、必要と思われる方にただでお譲りしたに過ぎません。使うかどうかはリリア様次第であることはエリザにも説明していたと思います。お聞きにはなりませんでしたか? 彼女は自分で飲んでみて、何も問題はなかったからお薦めしてみると私には言っていました」


「確かに、そのように……では、貴方の出自は一体? カーク村生まれであるはずが……」


「それについては、確かに勘違いがあるようですね。私は確かにカーク村の村長に住民登録していただきましたが、あくまでもそれは村長に与えられた開拓民を登録できる権限に基づくもの。何もやましいところはございません。私の本来の故郷はかなり遠くで……言ったところでご存じとは思えません。それでも一応申し上げますと……ニッポン、という土地なのですが……?」


 どうせお前は知らんだろう、という顔で言ってみれば、リリアは少し考える様子を見せる。

 様々な地理を思い起こしているのだろう。

 しかし、この世界に存在していない場所だ。

 もしかしたら同名の土地はあるのかもしれないが、そこは日本ではない。

 結局リリアの記憶の中に、ニッポンの地名を見つけることが出来なかったようで、


「……確かに、存じ上げないようです。ですが、なぜそのような遠方からやってきて、カーク村で住民登録を? 確かにあの村は豊かですが……すぐにこの街に来ているようですし」


「正直なところを申しますと、私には説明できるような記憶がほとんどないのです……」


「まさか……記憶がないのですか? しかし先ほど知り合いから解毒薬を譲られたと……その人物に聞けば……」


「ええ、しかしその知り合いは、この世界にはいないのです。だから聞きようがなくて……」


 ここまでで、俺は別に一言も嘘を言っていない。

 全部本当だ。

 解毒薬はギルドのものを雹菜、もしくは法人としてのギルドからもらったものだし。

 彼女たちはこの世界にはいない。

 故郷は世界を隔てる程度に遠いし、国名は日本だ。

 全部事実だ。

 しかしそんなことを何一つ知らないリリアは勝手に勘違いをしてくれ、最後にはため息をついて、


「……なるほど、わかりました。どうやら嘘もついておられないようです。ここまで本当に失礼しました……」


 そう言って頭を下げてきた。

 俺は、おや、と思い首を傾げて尋ねる。


「ええと、どういう……?」


「私としても不本意だったのですが、エリザから、ハジメ様は貴族というものをほとんど知らないとお聞きしまして。それならば、今後、威圧されたり騙されたりしてしまう可能性があるだろうと考えたのです。なので、実際に、そのような場面を味わってもらい、それから説明申し上げようと思いまして、こういうやり方をしたのですが……感服しました。まさか、一つも嘘をつかれずに切り抜けられるとは」


 そんなことを言ってきた。

 俺は尋ねる。


「……やりたかったことは理解しましたけど……なぜ私が嘘をついていないと分かるのですか?」


 すると、リリアは何か懐から取り出す。

 ネックレスのようだが……。


「こちらは《看破のネックレス》という魔導具です。これを身につけて質問すると、相手が真実を述べているかどうか、大雑把にですが分かるというものです。非常に貴重な品で、我が家の家宝なのですが……」

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