第245話 リリア・エヴァルーク

「……では私はこれで失礼いたします」


 そう言って、使用人が応接室から出て行った。

 足音が遠ざかり、近くに人の気配がほとんど無くなってから、


「……これで気兼ねなく話せます。エリザ、先日ぶりね。そして、初めまして、お二人とも……私はリリア。リリア・エヴァルーク、と申します」


 目の前には、金色の髪に青い瞳を持った、見るからにお嬢様然とした女性がいた。

 ドレスの豪奢さももちろんだが、それ以上に地球人としてはその髪の毛の巻き具合に面食らう。

 ドリルだ……マジでいるんだ……。

 そう思ってしまったからだ。

 地球でなら、まぁスプレーとかドライヤーとかパーマとか、科学の力でなんとかなるだろうが、この世界でここまで完璧なドリルにするのは難しいのではないだろうか。

 魔術か?

 この世界の魔術はまだそれほど詳しく調べられてはいないのでなんとも言えないが、こういうことも可能にしているのかもしれない……。

 そんな益体もないことを考える俺だったが、その横で、


「は、初めまして……私はミリアと申します。エリザと同じく、カーク村出身で……」


「ええ、エリザから聞いています。村長の御息女でいらっしゃると……カーク村はエヴァルーク領に存在する村の中でも、経営が安定していて、村長の手腕を伯爵は高く評価していらっしゃいますから。やはり、学院卒の方は違いますわね……」


「学院卒……学院とは、王都にある、魔術学院のことでしょうか?」


「あら、ご存じなかったのですか? 貴方のお父上は、魔術学院を卒業されて、その後のカーク村の村長になられた方ですが。本来ならばどこかの貴族に仕えて魔術師団に入団すると期待されていたところ、お父上が亡くなり、ならば自分がカーク村の村長になると言ってすんなりと夢を諦められたと言う話でしたが……」


「……知りませんでした。そうか、だから魔術に詳しかったのね……」


 ミリアが意外そうな表情で頷いていた。

 これはエリザも知らなかったようで目を丸くしている。

 考えてみれば、少しおかしかった。

 この世界の文明度で考えるなら、あのくらいの規模の村の村長にしては、世界情勢や貴族のしきたりなどに妙に詳しすぎたように思う。

 また、俺の出自についても受け入れるのが早すぎた。

 ミリアやエリザにしても、男女同権みたいな考え方が全くないこの世界において、わざわざ冒険者になるという選択が出来るように誰が鍛え上げたのかと言う話だ。

 魔力があるから頑張れば別に男でも女でもなんとかなるのがこの世界なのかな、とか思っていたが……多分、あの村長のお陰なのだろう。

 特にミリアについては若干、マニアックな魔術を得意としているようだが、この世界の人々の教養からして、そこを得意にしようという選択がまず初心者のうちには浮かばないだろう、というものだった。

 それら全てが、村長にかなりの教養があったからだと言われると納得がいく。

 ついでに、経営についてもちゃんと学んだが故のことというのも同じだ。


「ですから、そんなカーク村から、住民登録を求められたことは珍しいを通り越して少しおかしいのです。確かにあそこは開拓村としての権限が村長に与えられていますから、法的には問題ないのですが……ねぇ、ハジメ様。貴方は一体どこの誰なのですか?」


 急にそう水を向けられて、俺は飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。

 えぇ、そうなるの……。

 というのが正直なところだ。

 しかし、考えてみれば当然と言えば当然だろう。

 ある程度目をかけていた村の村長の、妙な行動。

 その時は記憶に留めておくか、くらいであっても、その後に再度そこに注目せざるを得ないようなことが起これば、何かあると思うのが普通だ。

 そしてそれは……あぁ、解毒薬の提供だよな。

 これは俺が甘く見過ぎていたということだろう。

 あんまり情報の扱いが発展してなさそうだから、適当でもある程度大丈夫だろうと高を括っていたのが悪い。

 どうすべきかな、と考えていると、ふっとリリアの方から緊張を解すように、


「……まぁ、あまり詰めるつもりはないのですけどね。貴方様は何せ、私の命の恩人ですから」


「ええと……」


「しかし、あの解毒薬をどのように入手されたのかは教えていただきたいのですが。また同じ毒にかかった場合のことを考えますと……。もちろん、あれから注意するようにしたのでもうないとは思うのですが」


 これにエリザが、


「そうなのか?」


 と尋ねると、リリアは言う。


「ええ。高価な耐毒魔導具をお父様が購入しまして……。今までも持っていましたが、コカトリスの毒まで防げるものは滅多に市場に出回りませんが、出物があったようです」

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