第244話 エヴァルーク館

 貴族街に足を踏み入れると、今までの喧騒は嘘のように閑静な雰囲気になって少し面食らう。


「……静かすぎないか?」


 俺がそう言うと、エリザは、


「ここに足を踏み入れる人間は、基本的に貴族街に用がある人間しかいないからな。もちろん、入ろうと思えば誰でも入れるのだが……どこの屋敷の前にも門番がいるだろう。彼らに目をつけられて理不尽な目に遭うこともあるから普通は入らん」


 と答えた。

 貴族からの理不尽か。

 地球では当然、存在しないものだったのでなんとも言えない気持ちになる。

 ただ、冒険者から、一般人に対しての理不尽というのは毎日ニュースになるくらいには存在した。

 言わずもがな、冒険者と一般人では、腕力一つとったところで文字通り格が違う。

 まともに争おうとしたところで勝負にすらならないのが普通で、それがゆえに一般人に対して碌でもないことをする冒険者というのは常に一定数いる。

 もちろん、そんなことをすれば通常の犯罪よりも厳しい基準で刑罰が下されることになるので、まともな遵法意識のある人間ならやらないが、碌でもない奴というのはいつの時代だってそれこそ一定数いるものだからな……。

 それにしても……。


「俺たちはその理不尽な目に遭うことはないのか?」


 そう尋ねると、これにはミリアが答える。


「その時は、招かれた貴族の名前を出せば大丈夫ですよ。今回の場合は、エヴァルーク伯爵の御息女に招かれてるわけですから、流石に何か問題になるとは思えません」


「でも、嘘をつくな! とか、そんなことあり得るはずがない! みたいなこと言われたりしないのか?」


 創作物だとそうやってすったもんだの末に、後々、水戸黄門よろしく権力やら何やらを傘に来てスカッとする、という展開によくなる。

 けれどミリアは言うのだ。


「流石にそこまで愚かなことをする門番というのは少ないのではないですかね……。貴族の方というのは気まぐれですから、どのような身分のどのような見た目の人間であっても、普通に呼ぶことはあり得ます。見た目や身分で誰が呼んだということはあり得ない、と言い切れる人はいないと思いますよ。まぁ、だからと言って嘘をついて誰かに招かれたとか言うのもお薦めできませんけど」


「どうしてだ?」


「絶対とは言いませんが、確認がいく場合があるので。貴族の名を騙るとそれだけで罪になる場合もありますし……」


「なるほど……それは気をつけておいた方が良さそうだ」


 そんなことやるつもりはないが。

 ともあれ、


「お、着いたぞ。あそこがエヴァルーク伯爵の館だ」


 エリザがそう言って示した館は……。


「まぁ、このエヴァルーク領の領主なんだから、当然ではあるんだろうけど……めっちゃでかいな……」


 そこにあったのは、館、というか、まず、とてつもなく広い土地を囲んでいる壁だった。

 正門は、開けば馬車数台が通れそうなほどの大きさで、その両脇に屈強な門番が立っている。

 門の向こうに館が見えるが、小さめの城かな、というほどの規模だ。

 手前には水を噴き出す噴水も見える。

 まさに貴族の館、と思ってしまう建物がそこにはあった。


「他の貴族との差別化も必要だからな。エヴァルーク伯爵ご自身は浪費家ではいらっしゃらないらしいから、伯爵の趣味ではないかもしれん」


 エリザがそう言った。


「そんなことよく知っているな」


「租税があまり高くないと言うのもあるが、リリアが言っていたからな……ともあれ、中に入れてもらおう」


 そして、門番にエリザが用向きを告げると、すぐに門が開いた。

 先導する衛兵が「どうぞこちらへ」と言ってきたので、俺たちはそれに着いて行ったのだった。

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