第243話 贈り物
「さて、と」
そんなことを呟きながら冒険者ギルドを出ると、街の様子が目に入る。
そこには暴走なんてまるでなかったかのように、いつも通りの活気が溢れる人々の姿があった。
外壁の外で魔物相手に戦っていたのだろう、包帯を巻いてる冒険者の姿も見えるが、そんなことは自分達には日常だとでも言わんばかりに、普通に過ごしている。
「この世界の人は逞しいな……」
そう呟かずにはいられなかった。
まぁ、地球だって、迷宮なんてものが出現して社会が一変したというのに、いまだに一般人は普通に過ごしているし、また迷宮に対して適応した冒険者なんて人種もいるのだから、似たようなものだろうが。
人間はそう簡単に滅びるほど、か弱い存在ではない。
そういうことなのかもしれなかった。
そんな益体もないことを考えつつ、俺はこれからの予定を頭の中で確認しながら歩き出す。
暴走についてはもうひと段落した。
あの時、エズラが言っていたように、あの小休止の時にはもう暴走で来るような魔物はほとんどいなくなってたらしい。
もちろん、ちょろちょろと遅れてきたような鈍いやつもあの後に来たが、せいぜいゴブリン数匹とかその程度でしかなかった。
そんなものは街にいる冒険者にとっては片手間で倒せるようなレベルであって、それすらも来なくなって領主による暴走の終結宣言が出されたのだった。
冒険者ギルドに所属し、街を守った冒険者たちには貢献度に応じた報酬が与えられ、特に前線で戦った者の中でも活躍した者数人には勲章まで出されるという。
そんなものをもらえる機会は、冒険者にはほとんど縁がなく、暴走がどれだけ恐ろしいイレギュラーなのかがそれだけで伝わってくる。
まぁ、そんなわけで、暴走についてはもう心配する必要はなかった。
ちなみに暴走後、迷宮は数日で正常化するらしく、その後は潜っても問題ないらしい。
一旦、迷宮内部がリセットされる関係で、宝物の類もいいものが出やすくなるようだ。
ある種のボーナスタイムらしく、冒険者たちは迷宮に入れるようになるのを楽しみに待っている。
俺も、ミリアやエリザと一緒に潜りたいと考えているが、今はまだ無理だから、とりあえず片付けられる用事の方を片付けておこう、と思っていた。
それは……。
「あ、ハジメさん。来ましたね」
「待ってたぞ」
宿の前の屋台で待っていたのは、今話題にしたミリアとエリザだった。
「別に外にいなくてもよかったのに」
俺がそう言うと、ミリアが、
「いえ、私たちも今帰ってきたところなので」
と答える。
「そうなのか?」
と尋ねると、エリザが、
「あぁ。領主様の家に行くのだ。一応、贈り物というか、そんなものを買ってきたんだ」
と言った。
俺はそれに対して、少ししまったな、と思う。
そう、今日の用事、というのはこの間、エリザに渡した解毒薬、それが効いたことについてお礼を言いたいというリリア、領主の娘に会いに行くことだった。
向こうからお礼を言われるのだから、こっちが何か持っていく必要はないだろうと無意識に考えていたが……。
「……何か持っていかないとまずいかな?」
俺が気まずそうにそう尋ねれば、エリザは首を横に振っていう。
「いや、構わんのではないか? 私とミリアは特に何かしたわけではないから持っていくが、ハジメはリリアの命を助けたんだ。お礼されこそすれ、ハジメが何かする必要は別にないと思うぞ。まぁ、貴族に会いにいく時は、何か持っていた方が無難ではあるのだが……リリアはそういうことを気にするタイプでもないしな」
「やっぱり贈り物を持っていくのが常識的なのか……いらないだろうと言っても、それは気になるな……何かなかったかな……」
そう思って、俺は自分の収納袋を探る。
この中には色々とものが入っているから、今回、良さそうなものは……あぁ、これなんかいいんじゃないかな。
それこそ贈り物の定番であろう、菓子折りである。
雹菜のマネージャーよろしく色々なところに行くことが多かったので、何かのためにと入れておいたものだ。
賞味期限もかなり長く、まだまだ余裕がある。
問題はこの世界にこんなもの持ってきていいのだろうか、ということだろうが……別に俺はこの世界の文明とか文化とかを気にしなきゃならない立場でもないしな。
そもそも菓子折り一つで崩壊する文化なら、俺が来た時点でもうおしまいだろう。
ということで、とりあえず二人に聞いてみる。
「これはどうかな。お菓子なんだけど……」
そう言って包装紙で包まれた菓子折りを出すと、二人とも目を見開く。
「こ、これは……紙、ですか? 美しい絵が描かれていますが……一体いくらするんでしょう」
「これが菓子だと……? どうやって食うんだ……?」
とそんなことを言っている。
俺は小さめの、同じメーカーの菓子折りを取り出し、そちらを開けて二人に渡す。
「こんなものだよ」
洋菓子系だから、この世界でも存在しているだろうと思って適当に渡したが、食べた二人の反応はだいぶよかった。
どうやら問題はなさそうだ……。
そう思った俺は、それを贈り物にすることに決めたのだった。
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