第242話 暴走の後

「……あの穴はそういうことだったんですか」


 冒険者ギルドで、俺はそう呟いた。

 目の前には酒を飲んでるエズラがいて、彼があの時の事情を説明していた。


「あぁ。まぁどこでもよくある話だがな……スラム街に居を構えたマフィアじみた奴らが、密かに穴を作ってそっから密輸、とかよ。しかしこの街じゃ珍しい。そういう奴らは領主様に目をつけられて比較的早く捕まるし、外壁も相当分厚いからな」


 あの穴は、つまりはそういう理由で出来たものらしかった。

 穴の前に大量の資材が積んであったのは、スラムだから、というよりその場所を隠れ蓑にした、偽装工作だったようだ。

 あれだけゴミの山が出来ていれば、あの裏の外壁に穴があるなんて少し通りがかったくらいのやつでは考えないだろうと。

 事実、かなり長い間バレなかったらしい。


「それにしても、二十年もですか? 魔物が入ってきたりはしなかったんですかね」


「そもそも暴走スタンピード自体、この街じゃ三十年ぶりだからな。普段は、あの穴の周りはスラムの奴らが守ってたらしい。街の近くには普通は弱い魔物しか来ないからな。まぁ、稀に強力な魔物がやってくることはあるが……そういう時はそれこそ騎士団やら冒険者ギルドが先んじて発見して、街に近づく前に倒しちまう。だから露見しなかったわけさ」


「でもそれも、今回で……」


「終わりだな。リーダーやってた奴も捕まったし、組織ごと領主様に摘発された。問題はスラムだが……」


「なんとかできないんですかね?」


 現代日本で生きてきた俺からすると、あのスラム街というのは存在自体、気の毒に思えてくるものがあった。

 あそこに住んでいる人たちは、あそこ以外のどこにも行けないまま死んでいく。

 そんな人生が最初から決まってしまっているのだ。

 どうにか出来るならどうにかして欲しいものだ、と他人事ながら思ってしまう。

 しかしエズラは現実的に、


「そう簡単にはな。まず資金が必要になってくるだろうが、それこそ領主様次第だからな。それにスラム自体を少しきれいにしたところで、あそこにいる奴らに仕事を与えないとならねぇ。そうしなきゃ維持もできんだろうしな。だが……ある程度まともに働ける奴は、それこそ冒険者ギルドにでも所属しちまってるからな。俺みたいに」


「……エズラさんは……」


「俺も元はスラムの出だよ。運良く、冒険者に拾われて色々と仕込まれてな。なんとか独り立ちできた。おぉ、そういやお前に縁深いゴズラグもそうだぜ」


「あの人も……」


「ゴズラグの野郎は俺より立派だな。今でもスラムに定期的に行って、炊き出しとかしてるぜ。気休め、自己満足、そんな言葉を投げつけられても、根気良くな……」


「本当に面倒見いいんですね……」


「おうよ。だからこそお前に突っかかったのが不思議でな。そういや、あいつからは……」


「謝られましたよ。人が変わったようでした」


「そっちのが本当のゴズラグで、俺たちからすりゃ、お前に突っかかった時のほうがおかしかったぜ。あれはマジでなんだったんだろうな……?」


「今度、酒を奢ってくれるらしいです」


「お前年は……」


「十八ですよ」


「ならいいか。俺は十歳から飲んでるからな、ハハ」


 流石にそれは問題じゃないか、と思ったが、この世界で、しかもスラム街に住んでいたなら法律もクソもないか。

 そもそも、酒を飲む年齢とか定められている感じではなさそうだしな。

 地球でそんなものが定められてるのはパターナリズムとかそういうお節介な思想に基づくものだ。

 この世界でそんなものを主張するような余裕は、誰にもないだろう。


「じゃあ、エズラさん。俺はそろそろ。お話ありがとうございました」


「いや、構わねぇぜ。あぁ、ゴズラグに会ったら、俺もお前と一緒に酒を奢ってくれって言っておいてくれ」


「わかりました」

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