第239話 暴走

「バリケード用の資材は?」「こっち矢が足りねぇぞ!!」「魔力の充填が必要だな……」「前衛はあっちに陣を張れ!」


 そんな声が、街中に響いている。

 叫んでいるのは、主に戦闘員。

 騎士団や冒険者、それに自警団の人間で、それ以外は不安そうな顔をして足速に自宅へと急いでいる。

 市場はこんな時だというのに開いていて、籠城用なのか街の人たちが食料品などを山のように買い込んでいた。

 在庫切れになったところから店を閉めていき、ついには街中には戦闘員だけしかいなくなる。


「……物々しいな」


 俺がそう言うと、ミリアが仕方なさそうに首を振って言う。


「……暴走スタンピードなんて滅多にありませんが、起これば大変なことですから。仕方ありませんよ」

 

暴走スタンピードってのは、迷宮の魔物が増えすぎて、そこから溢れてくること……でいいんだよな?」


「はい。ハジメさんのところではなかったんですか?」


「俺の住んでたところでは、その現象は《海嘯》って呼ぶことが多かったからな」


 外国だと暴走スタンピードって呼ぶところもあったけれど。

 

「そうですか……どこでも事情は変わらないんですね」


 そんなことを話していると、


「ミリア、ハジメ!」


 と、後ろから声がかかる。

 振り返るとそこには武具を装備したエリザがいた。


「あぁ、エリザ。用事はいいのか?」


 俺が尋ねると、


「あぁ、問題ない。薬も飲ませてきたぞ」


 と笑顔で答えた。

 それだけで結果はわかっているようなものだが、一応俺は尋ねる。


「ちゃんと効いたのか?」


「しっかりとな。初めは半信半疑だったが、私が少し飲んで見せたら、ちゃんと飲んでくれた。そして飲んだ直後から、元々青い顔をしていたのが、スッと色づいてな。あっという間に元通り……とまではいかなかったが、顔色はしっかり戻った。あとは痩せてしまった体と体力だけだな」


「そりゃ良かった」


 アレルギーとかありうるかもとは少し心配だったのだ。

 この世界の人間と、地球人とでは大幅に構造が違う可能性もある。

 だが、この世界で売っているポーションの類は俺に効果があるから、おそらくは大丈夫だろうとは思っていた。


「あぁ、ハジメにはなんとお礼を言ったらいいか……リリアも、後で屋敷に来てほしいと言っていたぞ。直接お礼が言いたいからと」


「別にいいんだけどな……」


 正直、単純に面倒臭いと言うのもある。

 地球人の常識的に、領主とかの権力者には近づかない方がいいというのがあるからだ。

 リリアは領主一族の継嗣だろう。

 助けはしても、深い関わりは持ちたくないと言うのが本音だ。

 しかしその辺りをエリザは理解していないようで、


「そういうわけにもいかんだろう。義理堅いお人だからな……報酬も弾むそうだ」


「……まぁ、仕方ない。後で行こう。でも、それもこれもこの暴走スタンピードが終わってからだけどな」


「そうだ、一応冒険者組合で聞いたんだが、原因まで詳しく聞いてないんだ。どういうことだ?」


 これにはミリアが答える。


「迷宮で講習してる時、四つ星のアースさんが暴走スタンピードの兆候を見つけたのよ。それでこんなことに」


「アースさんが……そうか。そういうことであれば、確実に起こるのだろうな」


「みんなそういう感じで動いてるけど……そんなに切羽詰まってるのか? 何日後とかの可能性も……」


 《海嘯》はその兆候が出てきてから数日くらいかかることが多い。

 だからその感覚だったのだが、エリザは言う。


「そうだったらアースさんは止めるために迷宮の奥に行っただろうからな。暴走スタンピードは、それを率いる特異個体を倒せば引いていく。だが今回はそれをする暇もなかった、ということだろう」

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