第238話 兆候

「うらぁっ!」


 そんな叫び声と共に、少年剣士ケイスの剣がゴブリンの頭部に振り下ろされる。

 このゴブリンはいわゆるノーマルゴブリンで、ゴブリンの中でも最も弱いと言われるものだ。

 しかし、ケイスの攻撃は俺の目から見ても大ぶりに過ぎた。

 まだ冒険者になって日が浅いので仕方がないが、それで魔物が手加減してくれるわけでもない。

 すぐにゴブリンはそんなケイスの隙を見つけて襲い掛かろうとする。

 けれど、その瞬間、けいすの後ろから、その脇を抜けるように矢が放たれる。


「ぐぎゃっ」


 それはゴブリンの腹部に命中し、ゴブリンは後ずさった。

 そこに盾を構えたバンガが入り、ケイスを後ろに庇いつつ、横薙ぎに剣を振るう。

 それは残念ながら外れてしまったが、ゴブリンはそこで自分が壁際に追い詰められていることに気づいた。

 慌てて逃げ出そうとするも、時すでに遅く、バンガの後ろから満を辞して飛び出し、剣を振り上げたケイスが接近する。

 そのままケイスの剣はゴブリンに命中し、ゴブリンはずるり、と絶命した。

 

「よっしゃ!」


 ケイスがそうガッツポーズをすると、他の二人も喜んで抱き合っている。


「よし、いいな。その感じだ。これで全員、ゴブリンとの闘い方は理解したと思う」


 そう言ったのは、四つ星冒険者のアースだった。

 俺たち講習生は、アースの先導で《緑鬼の土巣》に潜っていた。

 といっても浅い階層……第一階層の入り口付近にすぎない。

 比較的広い空間が続くこの迷宮では、そのくらいのところでもかなり多くのゴブリンが出現するため、講習にはうってつけ、ということらしかった。

 アースの実技講習は、何はともあれ、魔物を倒すことが冒険者にとっては一番大事で、それ以外はその次になるということだった。

 これは、そうじゃなければすぐに死ぬから、という分かりやすいもので、倒せそうもない魔物が出現したらとにかくすぐに逃げるように、そうしたところで別に誇りが傷つくとかそんなことは一切ないから、という教えと共に伝えられた。

 これには不満そうな講習生もいたのだが、アースが、自分自身も倒せそうもない、と遠目にでも思ったらとにかく逃げると告白したことで、そういうものなのかと納得していた。

 英雄に憧れを持つようなタイプは、逃げるのを恥だと思う傾向が強いのはこっちも同じようだが、アースはその辺も理解しているらしかった。

 憧れられる側が普通にやってる行為なら、それを目指す人間がやっても特に恥に思う必要はないもんな……。

 アースは続ける。


「ゴブリン退治は、冒険者になった者の多くが最初に受ける魔物討伐系の依頼になる。得られる素材は魔石だけで、冒険者というにはそれだけじゃ大して稼げないと思うだろうが、少なくとも、一日に三体も倒せば、宿一部屋くらいは借りられるし、食事も食える。冒険者の生命線なんだ。ゴブリンは繁殖力が強いし、常に倒していないとまずいことになるってのもある。ランクが上がってきたら中々、倒さなくなっていくからむしろゴブリン退治は低ランクの独擅場でもある。だから、最初のうちは腐らずにゴブリン退治を危なげなくこなせるようになれ。いいな?」


「はいっ!」


「いい返事だ。それじゃあ……ん?」


 続きを話そうとしたところで、アースがふと迷宮の奥に視線を向けた。

 この迷宮は、非常に広い空間で、広大なドーム型の洞窟、と言った感じだ。

 槍のように突き出した岩など、障害物も多いから平坦ではないものの、勾配もあるため、今、俺たちがいるところからは奥がなんとなく見えるのだ。


「……何かありましたか?」


 俺がアースに尋ねると、彼は、


「……あぁ、あったな。悪いがお前ら、講習はここまでだ。ゴブリンとの戦闘までやったから、残りはほとんどなかったからちょうどよかった」


 そう言った。

 講習生たちからは不満げな声が漏れるも、アースが次に言った言葉でそれは静まった。


「……暴走スタンピードの兆候がある。すぐに街に戻って、準備しなきゃならない。お前らも前線には出されないが、間違いなく駆り出されるぞ。覚悟しておけ」

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