第237話 馬車の中で
「……久しぶりに座学なんて受けると体が硬くなるな……」
そんなことを呟きながら伸びをする俺に、
「前に何かを学んだことがあるんですか?」
とミリアが尋ねてくる。
これは、地球だと誰もが学校のことだ、と分かるだろうが、こっちの世界だとそうはならないから、微妙なことを言ってしまったな。
学問を教える組織というのはある。
魔術学院とか、騎士学校とか、神学校もあるらしいな……あとは市井の学問所とか。
しかし、どれにしても普通の村人のような身分の人間にはあまり関わりがないところだ。
義務教育なんてものは、多大なる金と国の旗振りがなければ取り入れようがない。
この世界には、それはないということだった。
貴族の収入からかき集めれば不可能ではないのかもしれないが、そんなことをする貴族など、まずいない。
産業構造的にも厳しいところがあるだろうな。
この世界では、十も超えたら十分、働き手になりうるのだから。
そういう意味でも、冒険者ギルドの講習というのはかなりいいものというか、最低限の教養を与えてくれる福祉的側面が目立つ。
こんなもの誰が考えたんだろうな?
地球でなら誰でも思いつくし、やった方が効率良さそうとすぐになりそうだが、この世界の感じでは……。
まぁ、考えたところで分からないか。
冒険者ギルドの創立者がすごい人だった、みたいなのは聞いたが、それも眉唾感あるしな……。
そんなことを考えつつ、ミリアに俺は言う。
わざわざ嘘をつくつもりはないが、詳しく説明してもあれなので、大雑把にだ。
「あぁ、まぁ色々な。計算とか文学とか」
「へぇ、そうなんですね。計算は今の講習でもちょっと苦戦してた人多かったですし、覚えていて良かったですね」
「ミリアもな。で、午後からは迷宮か……」
「そうです。迷宮へは馬車で行くので、馬車乗り場で待ち合わせですね。ちょっと食事してから行きましょう」
******
「ええと……《緑鬼の土巣》行きの馬車は……」
「あ、あっちみたいですよ」
食事を終えて馬車乗り場に着く。
馬車を発見して向かうと、一緒に受けていた講習生がすでに乗り込んでいた。
流石に十人で一台というわけにもいかないから、二台ある。
片方はすでに満杯だったので、あと二人分空きがある方へと俺たちは乗り込んだ。
先客は三人。
講習でも固まっていたメンツだったから、多分知り合いだろう。
ちなみにアースは向こう側の馬車に乗っているのでここにはいない。
こっちは講習生だけだな。
だからだだろうか。
同乗者の三人は若干気落ちしてる風だった。
「……あんたらも残念だったな」
三人組のうち、亜麻色の髪を短く切り揃えた少年がそう話しかけてくる。
武器は……剣だな。
スタンダードな剣士のようだ。
「残念って、何がだ?」
俺が尋ねると、剣士の少年の隣に座る少女が、
「アースさんのことだよ! 一緒の馬車に乗れたら、色々話も聞けたのに……結構早めに来たのに最初から満杯だったし……」
と答える。
続けて、三人組の中でも最も体の大きい少年が、
「……みんな考えることは同じ。もっと早く行くしかなかった……」
とこれまた残念そうに言った。
なるほど、三人ともアースと何か話したかったらしかった。
腕のいい冒険者のようだから、気持ちは分かるが、こればっかりはな。
「あのアースって人の感じなら、講習が終わった後に何か聞きに行っても快く受けてくれそうな気がするから大丈夫じゃないか?」
俺がそう言うと、剣士の少年が、
「そうか? でも四つ星って忙しいっていうし……」
「いくら忙しくても毎日ずっと仕事してるわけでもないだろ。この街にいるんなら、見かけた時に、教えてもらった講習生ですって少し強引に言ってもいいと思うぞ。まぁ、空気読み間違えるとあれだから、そこのところは考えた方がいいとは思うが」
冒険者というのは、気が昂ってる時はキレやすいからな。
その事情は、こっちでも変わらないだろう。
温厚そうに見えても、厳しい戦闘から時間があまり経っていなければ、振る舞いも粗野になる。
まぁ、あのアースの感じなら、大丈夫だとは思うが一応の忠告だった。
しかし剣士の少年はいい部分だけしか耳に入らなかったようで、
「確かに、教え子って縁が出来たのは間違いないな! よし、そういう感じで行こう……あっ、そうだ。自己紹介してなかったな。俺はケイスだ」
それに続いて、少女と大柄な少年も、
「私はミラよ。弓使い」
「俺はバンガだ……剣士」
バンガは他にも盾を持っているから、ケイスとは役割が違うのだろうな。
どっちかというとタンクっぽいのかな?
そんなことを考えつつ、俺とミリアも言う。
「俺はハジメだ。よろしくな。みんなより多分、ちょっと年上だが」
「私はミリアよ。よろしく」
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