第236話 アースの教え
「……思ったより丁寧だな……」
講習の内容は、まず最初に座学、その次に実技指導と移ると最初に説明された。
なので、今、講習生である俺は座学の真っ最中である。
それは他の講習生も同じで、みんな机について壇上に立つ、講師……四つ星冒険者のアースの話を聞いていた。
別に教科書とかそういうものは配られず、基本的にはアースがさまざまなことを話す、という感じだな。
これは、この世界の人間は誰もが読み書き出来るわけではない、という事情があるからだろう。
俺が知り合ったミリアとエリザは、村でも村長から直接教えを受けられるという環境があったが故に、しっかりとした読み書きを身につけているにすぎない。
普通、村から出てきたばかりの少年少女、といった程度の年齢の者たちは、ほとんどが読み書きが出来ないということだった。
それで依頼とか受ける時どうするんだ、ギルドには依頼票が貼ってあったろ、あれを見て、依頼を選んで受けるんだろ、と思ったが、そういうわけでもないようだ。
駆け出しはまず、受付に行って職員からお薦めの依頼を数件聞いて、そこから選ぶ、というのが普通らしい。
もちろん、自分で掲示板の依頼票を読めるのであれば、そこから選んでもいいのだが、残念ながら駆け出しにはそれが出来る者は多くないようだった。
俺は《ステータスプレート》のおかげでこの世界の文字の読み書きも問題なく出来るが、普通に依頼を受けるだけでも結構ハードルが高いなと思った。
アースの話を聞く講習生たちの真剣さも相当なもので、適当なやつはいない。
これはこの世界の駆け出しがみんなそうだ、というわけではなく、適当なやつはそもそも講習を受けないからだな。
完全な未経験者は受けなければならない、という話だったが、あれはそう推奨されるというくらいの話で、それであっても義務ではないらしいからだ。
それで死んでも自己責任、と。
厳しい話だな……。
ちなみにアースの話している内容は多岐に渡った。
依頼の種類や、そのうまい達成の仕方、依頼人と接触する場合に気をつけなければならないことや、迷宮の話、魔物の話などなど。
もちろん、それほど長い時間は取れないので、いずれも深い話とは言えないが、何も知らない状態からこれを聞けば、冒険者としてとりあえず仕事は始められるだろうという内容であったのは間違いない。
「……さて、こんなところだが、何か聞きたいことはあるか?」
アースが一通りの話を終えたところでそう尋ねると、幾つも手が上がった。
この世界でも、質問する場合は手を上げるのか、などとどうでもいいことに感心していると、手を上げている講習生の一人が指名される。
「あの、これから迷宮に潜ると思うんですけど、一番気をつけないとならないことってなんですか?」
なるほど、確かにそれは気になるだろう。
何度も潜った俺としては幾つも気をつけるべきことは思いつくが、アースはなんと答えるか。
アースは少し考えてから、言った。
「死なないことだな」
「えっ?」
「何がなんでも、死なないことだ。そのためには、他の何を失っても構わない。とにかく、死なないこと。まずそれを第一にしろ」
「で、でも……」
「いや、言いたいことは分かる。冒険者なんだから死の危険はいつもすぐそこにあるもんだってことだろ。でもそれは俺から言わせると間違いだ。死の危険は、さまざまな方法で減らすことができる。例えば、今日お前たちが講習を受けたこともその一環だ。お前たちは、講習に参加したことがない奴が知らない知識やノウハウを得た。迷宮にはどんな罠があるのか、お前たちは今、大まかには答えられるようになっているだろう? そしてそれを警戒して迷宮を探索するはずだ……知らない奴は、罠にかかって死ぬ」
「な、なるほど……」
「死ぬ可能性を減らして、その上で得られる金を出来るだけ多くするのが俺たち冒険者の仕事だ。冒険、なんて大層な名前がついてるが、端的に言えばそんなもんよ。憧れがあるのも分かるが、英雄になれるのは一握りだ。そしてそれは、目指そうと思ってなるものじゃない。気づいたらなってるものだ。だからまず、お前たちは生き残れ。どれだけ怪我をしても、泥水を啜っても、何がなんでも、だ。いいな」
これには講習生全員が大きな声で、
「はいっ!」
と返事をした。
どうやら、だいぶいい講師にあたったのだな、と俺もそこで深く思った。
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