第227話 お約束

 振り返ってみると、そこには筋骨隆々の巨漢が立っていた。

 背中には大剣を背負い、顔には十字傷があって、いかにも歴戦の冒険者、と言った風格が漂っている。

 

「……なんか俺に御用ですかね?」


 こんな人物に知り合いは全くいないな、と思いながら見つめていると、男は言った。


「……お前、ちょっとこっちに来い」


「え? なぜですか」


 急に言われて首を傾げると、男は激昂し、


「いいから、来い!」


 と言ってくる。

 しかし、こんないかにも怪しげな人間についていくのは問題である。

 俺は、


「いや、知らない人にはついていっちゃいけません、ってのは誰でも小さい頃に習うだろうが。俺とあんたは知り合いでもなんでもないだろ」


 と強めに言った。

 しかしその瞬間、


「だったら、力づくだ!」


 と言いながら、男は殴りかかってくる。

 剣を抜かないからには、殺したりするつもりはないのだろう、ということは分かる。

 殺気も特に感じられない……というか、何か変な感じがした。

 なんだろう?

 言葉にし難い奇妙な感覚だが。

 まぁ、そうはいっても今やれることは限られてるよな……。

 俺はすぐに構えて、男を迎え撃つ。


「ハジメさんっ!」


 男の拳が空を切り、ミリアの声が響く。

 俺がやられると思ったのだろう。

 しかしその前に、俺は男の懐に入り、その顎に向けて思い切りパンチを振り切ってやった。

 すると、


「ガッ……」


 うまく脳を揺らしたのか、そのまま、がくり、と男は崩れ落ちる。

 まさか死んではいないよな、と倒れた男の目を開いたり脈を見たりしてみるが、呼吸もちゃんとあるし、気絶しただけのようだ。

 流石にいきなり人殺しをする度胸は俺にはない。

 コボルト騎士みたいな魔物相手なら別に何も気にならないのだが、同じ人間をやるというのは……ちょっとな。

 でも、この世界にいるなら、そのうちその辺りの覚悟を決める必要はあるだろう。

 それは今すぐである必要ないだけで。


 そんなことを思っていると、周囲が少し騒がしくなってくる。

 大半は、ギルド内にいる冒険者たちの声で、


「……おい、ゴズラグがやられたぞ」「あいつこの間、五つ星に上がったって……」「あそこの小柄なやつ、たった今登録した新人だろ? 相当な実力者か……?」「騎士が転職したとかそういうのはたまにあるからな。そういうことだろうさ」


 そんなことを言っている。

 こいつ、ゴズラグっていうのか、とそこで理解する。

 加えて、


「……しかし不思議だな。ゴズラグ、あの見た目だがこんな行動に出るやつじゃないだろ」「妙な空気だったよな? だから止めるの遅れたんだが」「まぁ結果的に相手の方は無傷だったしいいだろ」「いや、でもゴズラグの弁護は少ししてやってもいいんじゃないか……」


 そんな声も聞こえてきた。

 先ほど俺が覚えた違和感は、やはり正しかったらしい。

 何か妙な感じがしたのだ。

 流石にゴズラグの性格は知らなかったが、なんかな……。

 

「ハジメさん! 大丈夫でしたか!?」


 ミリアもすぐによってきて俺にそう言った。


「いや、特に問題はないよ。だけどなぁ……揉め事を起こしてしまったのはまずかったよな……」


「あー……」


 ギルドに入って直後、これである。

 流石にこれではいきなり登録抹消とか言われても不思議ではない。

 けれど、先ほどの職員がカウンターから出てきて、


「それについてはご安心ください。一部始終をここにいる全員が見てましたから。特にペナルティとかはないですよ。でも……ゴズラグさんってこんな人じゃないんですけどね? むしろ優良冒険者で……」


「やっぱり変だったのか?」


「普段と様子が違った、という意味では間違いなく。でもやっぱりっていうことは、何か感じたのですか?」


「いや……」


 何か、と言われてもな。

 なんとなくとしか……。

 そう思ってゴズラグを改めて見てみる。

 すると、あっ、と思った。

 俺はそこで、自分が何に違和感を覚えていたのか、理解した。

 それはゴズラグの体内。

 そこで蠢く魔力の動きが、この世界の人間のそれとは、少し異なった動きをしていたのだ。

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