第225話 言語

「……ここが冒険者ギルド、か」


 大通りに面した比較的目立つ位置に存在する頑丈そうな石造りの建物。

 装飾性を排除し、機能性に特化したような質実剛健を体現するような建物で、普通にその辺に魔物がいる世界は危機感が違うな、と理解させられる。

 地球では魔境であればその辺を魔物が闊歩しているが、人間が普通に住んでいる土地においては通常、迷宮にしか魔物は出現しない。

 たまに魔境から出て来た《はぐれ》とか《放浪者》とか呼ばれる魔物が人間の領域にやってくることはあるし、それこそ迷宮が《海嘯》を起こして大量の魔物が溢れてくることもあるが、滅多にないことで、それがために建造物などはそこまで頑丈性に重きを置かれていない。

 もちろん、最低限、というか通常の建築基準法に則った、耐震性などを満たした頑丈さはあるが、魔物の襲撃を念頭に置いているわけではないということだな。

 富裕層とか、魔物対策を売りにする施設とかは地下シェルターとか作ったり、建物自体を必要以上に頑丈にしてそれを売りにしたりすることもあるのだが、例外的だろう。

 

「まずはこっちですよ!」


 と、ミリアが前に立って冒険者ギルドの中へと入っていく。

 中には独特の匂いが漂っているが、不快なものではない。

 金属や皮革、それに汗や血の匂いが混じったような感じがするので、地球の女性には厳しいかもしれないが、少なくともミリアは平気そうだった。

 まぁ、カーク村では普通にコボルト騎士を解体してた人だしな。

 そんなものに対する耐性は地球の女性の比ではないだろう。

 地球でも、女性冒険者はそういう意味でも強い人は多いが、一般人の感覚は昔から大して変わっていないと言われる。

 ゴキブリ嫌いとか魔物怖いとかそんな感じということだな。


「あのー、すみません」


 そしてミリアがそう話しかけたのは、カウンターにいる女性にだった。

 見るに、ここは何かの受付、という感じだろうか。

 カウンターは長く続いていて、他のところにも人が並んでいたり何か話していたりしているようだ。

 どっかりと獲物を置いていたり、魔石を提出していたりしている人々が見える。

 活気があるな……。

 そんなことを俺が考えている間に、ミリアと女性との会話は進んでいく。


「はい、本日はどのような御用でしょうか?」


「実はこの人の冒険者登録をしたくて……」


「承知しました。登録ですね。ではこちらの書類に必要事項を記載していただけますでしょうか。代筆は必要ですか?」


「それは大丈夫です……ハジメさん、どうぞ」


 ミリアから手渡された書類は、かなり荒い紙で地球のそれと比べると質の悪さが目立つ。

 まぁ地球の紙っていうのは、工業力の結晶的な部分があるだろうし、それと比べることがそもそも問題で、むしろこのような世界で普通に実用に耐える紙がこうして出てくることに驚くべきなのかもしれない。

 魔術があるからその辺を考えるとどの程度の技術力なのか、地球のそれと容易に比較もできないが……実際、中世風の感じをしながらも、《灯火》の魔導具なんかは明らかに現代のライトと同じようなものだしな。

 発展の仕方が違うだけで、どっちが優れてる、劣っている、なんて考えるべきではないのかもしれない。


 ミリアに手渡された書類に、俺は文字を記載していく。

 聞かれているのは、名前に年齢、主な戦闘方法などであった。

 大したことではないのでいずれも正直に書いていく。

 戦闘方法についてはどう書くのが普通なのかわからなかったので尋ねてみたが、剣が得意とか火魔術が使えるとか治癒魔術が使用可能とかそんな感じでいいらしい。

 場合によってはなんとか流皆伝とかそんなことを書いてもいいらしい。そういう場合はランクが優遇されることがあると……まぁ俺には関係ないか。

 にしても不思議だな、と思う。

 何がか。

 簡単だ……俺に文字が書けていることが、だ。

 ここは別世界だというのに、俺はこの世界の文字が書けているし読めている。

 そもそもを言えば、俺はこの世界の人たちと、普通に会話ができている。

 そのことに気づいた時、俺は驚いた。

 意識して言葉を聞いてみると、俺はどうも日本語を話していないようだからだ。

 文字も当然、日本語ではなくこの世界の言語である。

 一体なぜそんなことができているのか。

 わからなかったが、しかし、《ステータスプレート》が少し怪しいなと思って見てみると、そこには《状態》欄というのが立ち上がっていて《翻訳中》の文字があった。

 どうやら、スマホの翻訳アプリよろしく、自動的に翻訳してくれているらしい、とそこで理解した。

 地球で外国人と会話するときにはこんなものは発動したと聞いたことはなかったが……新しい機能が出来たのだろうか?

 いまだにこの《ステータスプレート》だけは本当に読めないな、と深く思った俺だった。

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