第221話 祭り

 領都ファンベルグ。

 カーク村が属する、エヴァルーク領の領都であり、エヴァルーク伯爵が直接治めている都市の一つであるという。

 その規模は流石にカーク村の村長、グラズが豊かな領地である、という土地の中心都市であるだけあって、かなり大きかった。

 数千……いや、数万の市民が中には住んでいるのではないだろうか。

 外側から見る限り、かなり高い石壁が街全体を覆っているが、これはおそらく魔物対策かな……いや、人間相手、というのも考えられるか。

 不思議なことに、領都の周囲にはあまり魔物の姿が見えないので、壁があるから魔物に襲われない、みたいな感じではなさそうに思えた。

 ただの俺の印象に過ぎないが。

 俺が魔物だったら、これだけたくさんの人間、つまりは餌がありそうなところがあったら、とりあえず突っ込んでみるために、周囲をうろからしようと思うだろうが、そんな感じの魔物の姿が見えないというのはそういうことだろうと。

 まぁ、単純に街の周囲の魔物は駆除しているだけかもしれないが。 

 グラズが言うには、エヴァルーク伯爵は騎士団を率いて魔物の駆除を定期的にしているそうだからな……立派な話だ。

 地球の冒険者の感覚にも近いところがあって、親近感を覚える。

 

「……しかし、列が長いな」


 馬車の中で三十分は待っている俺はつい、そんなことを言った。


「こればかりは仕方がないな。貴族だったら優先的に通してもらえるのだが、一般人は並ぶしかない。特に、今の時期は一週間後に精霊祭を控えているから、商人の出入りも激しいんだ。普段だったら十分もかからず入れるんだが……」


 エリザがそう言った。

 確かに幌から顔を出して外を見てみると、そこにずらりと並んでいるのは大半が、商人のものと思しき馬車ばかりだ。

 俺たちが乗っている馬車も、カーク村に来た行商人のもので、それに幾許かの金を払って乗せてもらっているものだしな。

 ちなみに、俺の金については、コボルト騎士の素材をいくつかグラズに引き取ってもらったことで、無一文ではなくなっている。

 グラズはそれなりの額で引き取ろうとしてくれたが、魔石以外の素材については処理や加工を村でするとなると結構な手間がかかるようだったので、その辺りを考えて割り引いてもらっていいという話をしたら、結構喜ばれた。

 可能な限り金を手に入れようと思ったら愚かな選択だっただろうが、カーク村は今の俺にとって唯一の生命線というか、他の地域でうまくいかなかったとしてもなんとか受け入れてもらえそうな唯一の場所だからな。

 この世界に骨を埋めるつもりは今のところないけれど、最悪、そうなる可能性も考えた上で好印象を与えておきたかったというのが正直なところだった。

 

「精霊祭ね……それって何をやるんだ?」


 祭りについては村でも聞いていた。

 グラズが言うには、どこか他の土地に行きたいとか強く思っていないなら、とりあえず見物するといいだろうと言うような話もされた。

 俺としては他の土地というか地球に帰りたいのだが、そのためにどこに行けばいいのかは謎である。

 とりあえず、常識を十分に身につけたいというのもあり、領都でしばらく活動しようと考えているので、精霊祭を見物するのは悪くない話だと思っている。

 一週間後、という話だしな。

 こっちの世界の暦は、地球と比べると、何月、みたいな言い方については違いがあったが、基本的に十二か月であるようで、一週間も七日だったのでわかりやすい。

 と言っても月火水木ではなくて、基本四属性の地、水、火、風に闇と光、それに休息日と呼ばれる日を足しての七日でひとまとめ、ということなので事情は異なるようだが。

 一日の長さはどうかな……時計は持ってきているので一応はかってはみたが、全く同じなのかはちょっと分からない。

 おおむね二十四時間くらいの気がしてるが、しばらく過ごしたらだいぶズレてる、なんて気づく可能性もある。

 まぁ、特段体に不調を感じるみたいなことはないので、問題ないのだが……細かいこと考えてるとキリがないしな。

 

「主に、精霊に日々の実りや幸せを感謝する、というものだな。エヴァルーク家が祭祀を執り行って、精霊石に魔力を注ぐのだが、これが圧巻で見応えがある。それは最終日に行われるが、それまでは出店が出たり、出し物が路上で行われたり、後は中央広場で劇や演奏が行われたりとか、色々と面白いぞ」


「なるほどな……あんまり俺の故郷と祭りそのものは変わらないみたいだ」


「ハジメの故郷にも精霊祭があるんですか?」


 ミリアが聞いてくる。


「いや、精霊祭ってわけじゃないが……いや、どうかな? まぁ似たようなもんだったよ」


 日本の神社とかに祀られてる神様というのは八百万の神様で、精霊みたいなもんと言われればそうかもという気もする。

 ま、とにかく、楽しめればいいか。

 帰れないかもという不安を、忘れられれば……帰る手段の模索は忘れる気はないけどな。

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