第217話 現在地

 昔話、絵本、か……。

 いや、それに加えて、歴史上本当にいたらしい、という事実があるというのなら、悪くはない話だろう。

 ただの昔話だけだったら別だが、歴史にも出現している存在なら……。


「……あの、差し支えなければ、その《異邦人》というものについて、詳しくお聞きしても?」


「ええ、構いませんとも。と言っても、それこそ子供でも知っている話ですがな……」


 苦笑しているのは、そんなことも知らない俺がやはり、おかしな存在だとはっきりしたからだろうか。

 しかし、それでもグラズ村長は詳しく《異邦人》について話してくれた。

 加えて、気を遣ってくれたのだろう。

 この辺りの地理や歴史についてもわざわざ一つ一つ注釈を入れて話してくれる。


「まずは……そうですな。このカーク村が存在する国、そして大陸のことから。この村はリュミエル王国の東端に位置する、エヴァルーク領に存在しております」


「エヴァルーク領……」


 当たり前だが、まるきり聞き覚えなどない。

 領地なんてもの、少なくとも日本にはなかった。

 外国にはいまだにあるところもあるが、日本はそんなもの明治以降なくなっているのだから。


「やはり、ご存じないのですね」


「ええ……残念ながら」


「ふむ。エヴァルーク領、とはそのまま、エヴァルーク伯爵が治めている領地、という意味になります。リュミエル王国の中では比較的、豊かな領地になりますな」


 伯爵か……。

 やっぱり普通に貴族もいるんだよな、とそれで理解する。

 となると……。


「……グラズ村長は貴族だったりは……?」


「いえいえ、私は平民ですよ。貴族……騎士爵を持っている方が村長を務めている村というのもなくはないのですが、それほど多くはないですな」


「よかった。何か失礼なことをしていたらまずかったと……」


「その話ぶりですと、ハジメ殿の元いた場所には、貴族は……?」


「いなかったですね。国民全てが平民というか、身分差はないとされていました。まぁ、現実には持っている経済力とか社会的地位で持って階層は存在していたとは思いますが……」


 冒険者はその中でもなかなかに高い方に位置するだろう。

 雹菜の家がかなりいいタワマンであるのを考えれば分かる。

 俺は低級冒険者に過ぎなかったが、それでも稼ぎは結構なもので、一般的な職業から比べれば何倍かになった。

 高校卒業して一年も経たずそれだけのものが得られる社会的地位は、、なかなかないだろう。


「……そんなものですか。人間が複数集まれば、どこででもそのようなものなのかもしれませんな……」


 俺の話はこの世界に住む人間からすれば、少しばかり異質に聞こえるだろうに、グラズ村長はすんなりと理解し、受け入れた。

 この人、かなり賢いのでは……と思ったが、この世界の教育水準とかはまだよくわからない。

 ただ、エリザやミリアの感じからすると、そこまで高そうには思えないが……。

 まぁ、その辺りは後で判断か。

 グラズは続ける。


「ともあれ、このような村で貴族がどうとかは気にせずともいいと思います。特に騎士爵程度であれば、ハジメ殿ほどの腕前があればもはや何も言えんでしょうしな」


 これは少し意外な話で、俺は尋ねた。


「それはどういう?」


「騎士爵程度の貴族はあまり力がありません。兵もさして抱えておりませんし、頼れるのは自分の腕くらいなことが多いのです。ですがハジメ殿はその辺の騎士よりも腕が立つ……となれば、ということです。もちろん、大っぴらには言えませんし、絶対にそうだというわけではないのですが」


「……なるほど」


 これはグラズからしても結構危険な発言らしい。

 そんなものを話してくれて大丈夫なのかと思ってしまうが、真摯に俺に説明してくれるつもりだということだろうか。

 

「貴族で気をつけなければならないのは男爵以上ですな。その辺りになってくると広い領地や多くの兵、高い経済力を抱えている者も出てきますので。ただ、リュミエル王国は基本的に現王が善政をしいておりますので、そこまで無体なことをされることはなかなか。特に、このエヴァルーク領ではね」

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