第214話 不安

「……ようこそ、カーク村へ!」


 しばらくの間、迷宮・・を少女と女性と共に歩くと、俺たちはその場所へと辿り着いた。


「……マジで村がある……迷宮の中だぞ!? そんなわけ……」


 俺はつい、そんな独り言を呟かざるを得なかった。

 迷宮の中に村など、存在するわけがないからだ。

 魔物の小領地のようなところは確かにあるし、冒険者たちが外に戻るのを面倒くさがって小さな拠点を作っているくらいのことはある。

 けれど、俺の目の前に広がっている光景は明らかにそういったものとは一線を画していた。

 しっかりと定住を目的としていると感じられる家屋が、何軒も存在しているのだから。

 簡単なテントとか囲いがあるくらいだったらありうるが……流石に何年も耕作していると思しき畑まであると、もはやこれは確かに人が住んでいる《村》なのだとしか考えられなかった。

 で、名前は、《カーク村》と。

 明らかに日本的な名称ではないな。

 絵駒村とか滝山村みたいな名前だったら、なんか日本のどこかか、とか思えたかもしれないが……いやそれでも十分おかしいが。

 さらに加えて、俺をここまで連れてきた二人の女性の名前もそんな感じだった。

 少女の方はミリアと、冒険者の方はエリザというらしかった。

 日本人ではないなぁ……最近のキラキラネームという可能性は……流石にないか……。

 

「ほう、なるほど。ではお一人で冒険者をしていらっしゃると……旅の途中でこのあたりに寄られたのですな。いやはや、お陰で娘たちが助かりましたぞ……」


 そんなことを言っているのは、カーク村の中でも、最も大きな家に住んでいる40代くらいの男性である。

 彼の名前はグラズといい、この村の村長なのだという。

 村長であるから苗字もあって、正式にはグラズ・カークというらしい。

 ただ、そこまで名乗る必要があるのは都会にいるときくらいで、村の中ではまず使わないらしかった。

 そして、ミリアは彼の娘だという。

 エリザはこの村出身の冒険者で、領都でその腕を奮っているが、今回ミリアが領都を訪ねる際に護衛を頼んだので一緒にいたらしい……。


 ここまで聞いて、俺の頭はパンク寸前だった。

 当たり前だろう。

 全てが、先ほどまでいた俺の日常とは離れている。

 苗字がないことが普通とか、領都があるとか、村長が、とか冒険者がどうとか……。

 ここが地球であるとはまるで思えなかった。

 実際、そうなのだろうという確信もある。

 ミリアもエリザも、そして村長も、地球は日本にいる人間とは容姿が異なっている。

 外国人のそれだ。

 最近だと日本でも珍しくはないというのは分かっているが、村人全員がそうなのだからこれは明確におかしかった。

 俺は一体……どうなっているんだ?

 

 しかし頭の中はごちゃついていても、慌てるわけにはいかないし、怪しまれるわけにもいかないという感覚はあるので、村長たちに対して冷静な態度を取り繕って会話を続けていた。


「いえいえ、エリザさんがしっかりと護衛として働いていらっしゃいましたし、襲い掛かってきていたコボルト騎士もほんの数体でしたから、私が手を貸すまでもなくいずれ倒し切れていたとは思います。余計な手出しだったかもしれませんね……」


 これにエリザが、


「そんなことはない! 一人で戦っていたら、後少しでまずいことになっていたぞ。それにミリアが傷ついていた可能性も高いし……」


 と慌てて言う。


「そうですよ! それにあんなに素早く倒してしまって……ハジメさんはものすごくお強いんですね。コボルト騎士を一蹴できるなんて……冒険者ランクは五つ星くらいあるのでしょうか?」


 ミリアも続けてそう言った。

 この話ぶりからわかるように、冒険者、というものを彼らは知っているというか認識しているようだが……これもやはり、俺のような冒険者とは別のものなんだろうな。

 ランクが違う。

 地球ではアルファベットで級を表しているが、こちらは星の数らしいが……なんとなく、星の数が少ないほど強力な冒険者らしい。

 

 ……などと色々考えているが、俺は今ものすごく不安に陥っていた。


 俺、帰れますかね?

 一生ここですかね?


 つまりはそんな不安に。

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