第212話 声

「……お?」


 思ったより早めにコボルト騎士たちの中の一体、弓使いが俺に気づいた。

 矢を弓につがえ、俺に向かって放つ。

 普通の矢ではないことは、矢が纏っている紫色の光から理解できた。

 なんらかのスキルだろうが……魔物のスキルは詳細が分かっているものが少なく、鑑定士が近くにいないとはっきりこれだとは言い難い。

 ただ、おそらく《スピードアロー》と思われた。

 普通に矢を放つよりも何割か、場合によっては何倍も速い速度で射つことができる弓士系のスキル。

 人間の弓士系も持っているものだ。

 しかし……。


「見える、なっ!」


 直前まで来た矢を、俺は剣を奮って叩き落とした。

 冒険者として上昇した身体能力、ステータスの力により、飛んでくる矢の動きははっきりとこの目に見えていた。

 これくらいのことはもう、造作もなかった。

 ただこれだけのことが出来ても、雹菜の攻撃は避けられないのでまだまだ上には上がいるのわけだが……。

 しかし、コボルト騎士くらいであればなんとでもなるということだ。

 弓を射ってきてるのはコボルト弓士なわけだが、俺が矢を弾くと驚いたようにもう一度、弓に矢をつがえて討とうとする。

 けれどもうその時には遅い。

 俺はコボルト弓士の眼前まで迫っていて、その首筋を切った。

 倒れ込むコボルト弓士だったが、他のコボルトたちはそれだけで怯みはしなかった。

 すぐに気を取り直したように俺に迫ってくる。

 剣を持つ、コボルト騎士が三体、三方向から向かってきて、その背後には杖を持ったコボルトが何かを唱えようとしている。

 遠距離攻撃か……それとも?

 そう思っていると、呪文が完成したらしく、コボルト騎士三体の体を黄色い光が包んだ。


「……補助術か」


 思った以上に呪文の完成が早かったが、これはコボルト弓士が最初に矢を放った時にはすでに唱えていたからだろうな。

 ただ、これ以上強化されるのもよろしくない。

 俺は懐から短剣を取り、補助術を放ったコボルト……コボルト錬磨士バッファーの脳天にを貫く。

 そのまま傾いでいくコボルト錬磨士についてはそこで意識から外し、剣を振りかぶる目の前のコボルト騎士たちに集中する。

 連携しているつもり……なのだろうが、その動きは緩慢であるし、隙だらけだ。

 それでも駆け出しにとっては十分に相手なのだとは分かっているが……。


「……やっぱり手応えはあんまりないな」


 剣を薙ぐように一閃すると、コボルト騎士たちの腹部に一直線に切り傷が出来る。

 かなり深く、そのまま三匹とも倒れた。

 うち、一匹は不幸なことに一撃では死ねなかったようで、ピクピクと動いていたが、その頭に剣を差し込むと動かなくなった。

 

 これで、完了だ。

 コボルト騎士五匹くらいなら、今の俺には相手にはならないようだ、とそれで分かった。

 消えていく彼らから魔力をいただくが、残念ながらステータスにも変化はない。

 ゴブリン騎士を百匹以上倒しても1くらいしか上がらなかったのだから、当然といえば当然だった。

 1でも上がったのは、あれはゴブリン上級騎士が混じっていたからで、ゴブリン騎士自体からは何も得られていなかったのかも知れなかった。


「この調子なら、この階層にある小領地も行けるか……? いや、まだちょっと怖いから少し慣らして……」


 これくらい出来ても完全な自信、というほどのものはまだ身になってはいなかったが、それでもやれるという確信はある程度あった。

 そんな俺の耳に、


『……誰かっ! 助け……!!」


 という声が響く。

 ここは迷宮内だ。

 当然、誰か冒険者のそれなのだろう。

 だから、本来、助けに行く必要はないものだ。

 でも……。


「流石に後味悪いよな……」


 助けに行かなかった場合のことを考えてそう思った俺は、一応、と思って声の聞こえた方向に走った。

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