第201話 雹菜、お休み
「……うぅ……」
「唸ってもしょうがないだろ……治癒術じゃ、流れた血までは戻らないんだから。しばらくは安静にしておくしかないな」
雹菜の家で、ソファに寝っ転がりながら不満そうな顔をしている雹菜に俺は言った。
本来の予定なら、彼女は今日も仕事があるのだが、残念ながら休みとなった。
その理由は、先日の賀東さんとの試合にある。
賀東さんが最後に放ったあのスキル《斬血塵界》は雹菜の展開していた防御を抜け、無数の傷を彼女に刻んだ。
細かなものから大きなものまで、それこそ何十何百とあるそれらの傷からは多くの血が流れたのは言うまでもない。
傷自体はしっかりと樹の治癒術によって治ってはいるのでそこのところは心配ないのだが、治癒術は残念ながら、体内から失われた血液まで元通り戻せるものではない。
それについては個人の回復力によって賄うしかないのだ。
と言っても、冒険者というのは通常の人間よりも遥かに高い治癒力を持っているから、一週間もすれば元通りだろう。
そもそも普通の人間はあれだけ血を流せば死んでいる。
丈夫な体こそが、冒険者の資本なのだった。
「そうは言っても、本当ならいい宣伝に出来たのよ? 別に戦うわけじゃないんだし、収録くらい行ってもいいじゃない」
「守岡さんだってそれでもまだやめておけって言ってだろ……まぁ俺個人的には元気そうだなって思うし、テレビ局に行くのは楽しいからいいんじゃないかって思うけど」
雹菜は人気者だ。
したがってテレビからも引っ張りだこなわけで、その結果俺はマネージャーよろしく毎回ついていかせてもらっている。
実際にもほぼマネージャーとして働いているので別にただのミーハーというわけではない。
あんまりテレビを見るタイプじゃなかったから、誰それに会えた、とかで舞い上がるというほどでもないしな……。
アイドルとか女優を見れば可愛いとは思うが、幸か不幸かうちのギルドは俺以外見目麗しい人間ばかりだ。
ある意味耐性が出来てしまっているのか、そこまででもなかった。
俺、枯れすぎなんじゃないか……?という気までしている。
そんな俺がテレビ局なんかに行って何が楽しいのか、というと、これは簡単で、今、うちでもライブ配信をやらないかという話になっていて、番組作りというか企画作りというか、その参考になるのだった。
テレビマンたちの話を聞いていると、なるほどそんな考えで作っていたのか、というものも多いしな。
お前の本業は冒険者のはずでは、という気もたまにするけど。
まぁ、ついでの業務だが、楽しめるならそれはそれでいいのだ。
「でしょ? じゃあいいじゃない。今日はほら、例の雷豪さんの番組の収録が……」
「それはもう断ってるから行ったところでな……来週に呼んでくれるって言ってたしいいだろ」
「来週ねぇ……しばらくこんなに時間を持て余したことないから、なんだか落ち着かないわ。創は別に付き合わなくてもいいのよ? っていうか、ここのところ迷宮に潜るときも私にずっと付き合わせてた気がするし、たまには一人でどこかに潜ってきたら?」
「一人で?」
「うん……この辺にも迷宮はあるんだし。《五反田第二ダンジョン》なんかちょうどいいわよ。あそこは通称《騎士の巣窟》っていうし、対人戦のいい経験が積めるわ。あと、ドロップ品に剣が多いから、拾ってきて。模擬戦で壊しすぎてもう在庫がないのよ……」
「それが理由か……復調したら早速、訓練する気だろ」
「そりゃそうじゃない。しないと鈍るし。それに賀東さん、どこまで本気で言ってたのかわからないけどレッサードラゴンを倒すときに呼ぶって……本気だった時が怖いわ」
「十中八九、あれは本気だったよな……まぁ頑張れ」
「その時は創も連れてくわよ」
「……え、俺は無理だろ」
「行ける行ける。《騎士の巣窟》にも小陸竜が出るし、その経験も積めるわ」
「格が違うと思うけど……まぁ、でも剣の在庫が必要っていうなら、それについては俺が頑張ってくるよ。レッサードラゴンは勘弁だけどな」
こうして、久しぶりのソロでのダンジョン探索が決まった。
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