第198話 切り札

「……ふぅ……」


「……は、やるじゃない……」


 幾度ものぶつかり合いを続け、お互いに少しばかり息が上がっている雹菜と賀東だった。

 しかし、それでもどちらにも大きな傷はない。

 せいぜいが小さな切り傷や打撲程度であり、両者とも、回避力と防御系スキルの扱いに習熟しているが故の結果だった。

 

「今更だがよぉ……」


「何?」


「お前、本当にB級か……? その辺のA級より手強いぞ」


 賀東が呆れたようにそう言った。

 その気持ちを、雹菜は理解できた。

 というのも、自分のステータスを見て、客観的にそれがほぼA級の数値に匹敵していることを自覚しているからだ。

 ただ、そのことについて知っているのは自分と、ギルドのメンバーだけ。

 わざわざ国や協会に報告する必要もないものだ。

 もちろん、A級の中には国に協力的な者もいて、外部に漏らさない前提で開示している者もいるが、雹菜はそうではない。

 賀東はただ手応えだけから、なんとなく雹菜の数値を想像しているわけだ。

 ただ、詳しく説明してやるつもりもない。


「紛れもなく、B級よ。だから今回負けたら、賀東さんは、初めてB級に負けたA級ということになるわね」


「おいおい、そりゃ、勘弁してほしいぜ……だが、非現実的とは言えねぇな」


「体力も魔力もまだまだ残ってるでしょ?」


「そりゃお前もだろ。そしてこのまま続けばただの削り合いにしかならねぇ。見せ物にしてもあんまり面白いもんじゃねぇしな……そこで提案だ」


「何かしら?」


「そろそろ決着つけようぜって話だ」


「それは都合がいいんじゃない? 一撃の破壊力だったら、賀東さんの方が上なんだから」


 最後の打ち合いにしよう、と言われたら自分の方が負ける。

 そう言わんばかりの雹菜の言葉に賀東はため息をついて、


「そうとも言い切れなくなって来てるんだけどな、俺は……まぁ、いい。別にこれはお前が乗る必要のない提案だからな。むしろただの宣言……俺は次の一撃に、賭けるぞってだけだ」


「なに、ハンデのつもり?」


「お前よぉ……少しは先輩を敬えよ。最初だけだったろ、敬語だったの」


「公式な場ではしっかり使ってあげるわよ? でも試合相手に敬語ってのもね」


「確かにそれはそうかもな……あと、ハンデのつもりはねぇ。これに耐えられたら、俺にはもうお前を倒す手立てが浮かばないってだけよ」


「ふーん……まぁ、いいわよ。好きにしたら。私は乗らないけどね」


「だから、乗る乗らないは、関係ねぇんだよ……! さぁ、とくと味わえ!!」


 そして、賀東は大刀を構える。

 先ほど、刀から立ち上った赤い輝き、それが刀だけでなく、彼自身をも包み込むように流れ出した。

 

「……これは……!!」


 雹菜もまた、構える。

 賀東のやろうとしていることに、危機感を覚えたからだ。

 雹菜は静から解説を受けてるわけではないから、先ほどの賀東が使ったスキルが武器固有スキルだとは分かってはいなかったが、ここに来てそれがそうであることに気づく。

 武器から流れ出している力が賀東自身も包んでいることが、その証拠だからだ。

 あの現象を、雹菜は他にも見たことがあった。

 他ならぬ、姉、雪乃が切り札にしているスキルがそれだったからだ。

 ただ、かつて一度見ただけで、それ以来、使っているところは見たことがないが、その理由は明らかだった。

 あまりにも強力無比過ぎて、使い所が難しいからだ。

 それを、賀東がいま、雹菜に対して使おうとしている。

 

 (死にはしないと思うけど……いえ、油断すべきではないわね。耐える……!!)


 そう考えつつ、幾つものスキルを発動させる。

 防御系を張り、また身体強化もかける……そしておおむね全ての準備が終わった、その瞬間を見計らったように賀東は言った。


「……死ぬなよ、雹菜」


 そして、賀東は大刀を振るった。

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