第195話 細腕

「……お? 来ねぇのか?」


 雷豪から試合開始の合図がされた後、当然、賀東は雹菜が自分を殺さんばかりの勢いで突っ込んでくると思っていた。

 なぜなら、雹菜の戦闘スタイルは素早さに特化したもの。

 その細剣と身軽な体を活かした戦い方でもって、相手を翻弄し、そして徐々に体力を削っていって、とどめを刺す。

 そんなタイプだったはずだ。

 この情報は勿論、賀東自身もそれなりに集めはしたが、そもそも雹菜は有名な冒険者だ。

 そのルックスの良さから、一般的なB級と比べても有名すぎると言っていいほどに。

 だから、別に無理に集めようとしなくてもある程度のことは初めから分かっていた。

 そこからすれば、試合開始直後の動きは概ね予想がつく。

 つまりは速攻だ。

 初めから早さでもって先手を取り、そのままの勢いで逃げ切る。

 相手が自分より格下の相手であれば、胸を貸すような戦いもあり得るだろうが、賀東は自惚でなく、A級である。

 一応、雹菜より格上の相手であり、また彼女とは正反対のタイプ……パワーに重きを置いて戦う人間だ。

 そんな相手を倒すには……自分のスタイルの中に相手を引き込むのが肝心ということになるはずだった。

 それなのに……。

 

 そんな賀東の困惑した表情を理解したのか、雹菜は細剣を構えたまま、答えた。


「最近、色々あって戦い方が変わったのよ。別になめてるわけじゃないわ」


「それを聞いて安心したぜ……ま、雪乃のとこから独立したんだ。何か変化があったからだろうと思ってたが……その辺かね?」


「どうかしら」


「なんだか色々尋ねたくなるが、後にしよう……行くぜ、雹菜ァ!!」


 そして、賀東はその大刀を両手で握り、突っ込んでくる。

 分かりやすいほどの直進で、そこには何も隠すところがないと言わんばかりの様子だった。

 かといって、対応しやすいか、と言われると別だ。

 賀東には自信があるのだ。

 自分の真正面からの一撃を止められる人間など、滅多にいるものではないという自信が。

 実際、それは正しい。

 パワー系の冒険者といえども、速度がないわけではない。

 むしろ、動きに一切の迷いがないからこそ、速くもあった。


「……ウラァァァ!!!!」


 裂帛の気合いと共に上段から全力でその大刀が叩き込まれる。

 当然だが、賀東はこの一撃をとりあえずの小手調、と考えていた。

 だからと言って手加減をしているわけではないが、雹菜ほどの実力者であれば、間違いなく避けるであろう。

 そう考えての攻撃である。

 しかし、刀が振り下ろされる直前、賀東の目に映ったのは不敵な表情でただ、大刀が振り下ろされるのを見つめ続ける、彼女の姿だった。


(……どういうことだ。いくらこいつだって、俺の本気の一撃が当たれば軽い怪我じゃすまねぇってのに……)


 少々の迷いが頭の中に発生するが、しかしもはや刀は振り下ろされた。

 それに、その迷いのゆえに刀を止めることはむしろ失礼だろうと思った。

 結果として何か重大な結果を導いたとしても……それは冒険者の倣いだ。

 それくらいのことはこいつは分かってる。

 そう思って、信じて振り下ろした。

 すると……。


「……なるほどね。私の細腕でも、意外と行けるものね……」


 賀東の大刀は何かにぶつかり、その動きを止める。

 たとえステージの石畳に命中しても叩き割れるだけの力は込めたはずだった。

 それなのに……。

 

 目の前で、両手とはいえ細剣を手に持ち、大刀を見上げるように抑え込んでいる少女を見て、賀東は改めて言った。


「……だから、どこが細腕だってんだよ!」


 それは、先ほどとは違い、心の奥底から出た叫びだった。

 ここに、先月戦った大鬼よりも危険かもしれない相手がいる。

 賀東はそこで初めて、それを認識したのだった。

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