第192話 話がまとまる
「……魔境調査への参加枠か……意外なの出してきたな」
俺がそう呟くと、樹が言う。
「確かにね。基本的に、複数のギルドで行う大規模なものばかりだから……立案できるのも許可を得られるのも大規模ギルドに限られる。うちの規模だと、中々難しいし……かといって、あんまり大規模ギルドとのパイプもないからなぁ」
「一応、雹菜の古巣には、パイプもないことはないぞ」
「お姉さんでしょ? でもあんまり頼りたくないだろうしね。そうなると、いいチャンスではある、のかな」
「そう言えなくはないな。ただ危険も段違いだ」
「だろうねぇ」
魔境は迷宮とは危険度が違う。
迷宮の中もまた、一種の異界ではあるが、そこでは独特のルールのようなものが存在していて、例えば、数百体の魔物がいきなり出現する、なんてことは滅多にあり得ない。
まぁ、滅多に、と言わなければならないのは、モンスターハウスとかは存在しているからだが。
しかし、魔境にはそういうルールはない。
魔物たちの自由度が高いというか……迷宮の魔物は思考能力も似たり寄ったりであることが多いが、魔境の魔物は通常の生き物のように振る舞うのだ。
特に、人型の魔物は、一種の文明を持っていることすらある。
集落が築かれていることも確認されていて、つまり魔境とは、魔物が支配する国、のようなところなのだ。
そこに入り込むというのは、いわば他国にスパイのように潜入するに近い。
一筋縄ではいかないのは間違いないのだった。
ま、だからこそ、調査の提案はそれなりの実績や規模のあるギルドにのみ許されているわけだが。
うちが単独でそういう提案を通せるようになるのは、まだ先だろう。
あまりにも実績も規模も足りなさすぎるから。
その辺りの事情は雹菜もよく分かっている。
加えて、若干ややこしいのが、雹菜の家族について、の話だな。
確か彼女の両親の死因は、魔境に関連するものだという話だった。
深くは聞いていないが、そんな彼女からすれば、魔境の調査というのはやってみたいという気持ちが強いのではないだろうか。
どう答えるつもりだろう、と気になった。
『……《北海道魔境調査》、ですか。確か、一年ほどかけて《クロタカ》が計画してきた大規模調査ですね。いいんですか? そんなもの』
『構いませんよ……《無色の団》に参加してもらえるなら、これ以上心強いことはないですからね。もちろん、調査の際には最低限、我々の指示にはしたがってもらいますが、極端に縛り付けたりしないこともお約束しましょう』
『フリーハンドで……うーん、悪くはないのですけどね。それはやめておきましょう。長期間かけて計画されたものに、唐突に新参が入るというのも良くないですから。それよりも単純に何か、迷宮品を頂けませんか?』
意外にも、雹菜は断った。
その上で他のものを要求したわけだが、ここで初めて賀東の顔が少しばかり歪む。
わずかなものだったけれど、静さんが、
「……どうもお気に召さなかったようですね」
そう言ったので見間違いではなかったと分かる。
「魔境調査に参加させたかったのかな?」
「どうでしょう。詳しいことはわかりませんけど、その可能性は高そうですよね」
「よく断ったな、雹菜」
「結構、強かですよね……あっ、話がまとまったようです。結局、迷宮品をということですか」
「《クロタカ》のコレクションから自由に選ぶ権利か。そりゃいい報酬だよな……」
大規模ギルドの所蔵品は下手をすれば数億クラスのものも普通に存在している。
イベント一回の出演料にしては相当なものだな。
雹菜はほくほく顔だ。
あくまで出演料、と言ってるわけだから、勝敗無関係になってるしな。
賀東も気付いてないわけではないだろうが、やっぱり調査の方に参加させたかったからあえて無視したのかな。
ま、ともあれ二人ともマイクを横の職員に手渡し、そしてそのまま、ステージに向かって跳んだ。
「……派手だな」
俺が呟くと、樹が、
「こういうのも演出的に盛り上がるからね。ほら」
観客たちの歓声が上がる。
ステージ上で、雹菜と賀東の服装が一瞬で変わった。
魔導具を使った装備変更だな。
結構珍しいものだが、流石にB級以上ともなれば、みんな持ってるわけだ。
こういうイベントもよくあるだろうし、実際によく使うから。
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