第190話 冒険者の矜持

 冒険者には、ある種の面子というか、矜持というか、そういうものがある。

 もちろん、それは個々の冒険者によって異なっているものだが、中には大抵の冒険者に共通しているものもある。

 その中の一つが、冒険者ではない一般人を守っているのは冒険者だ、というものだ。

 これは別に守ってやってるとか、だから見返りを寄越せとかいう意識ではない。

 まぁ、そういう人間も中にはいないわけではないのだが……今回問題になるのはこれではない。

 そうではなく、だからこそ、一般人を魔物や迷宮、魔境などの恐怖から出来るだけ遠いところにいてもらえるように、最大限の努力をするということだ。

 誰も何も言わずとも、そこのところは結構な冒険者の間で通じている価値観だった。

 だからなんなのか、というと……。


『……先ほども申し上げました通り、先ほどの試合は大変盛り上がりました。しかしながら、あくまでも、各ギルドの新人同士の戦い。ひよっこたちのそれであることは否めません。ですから、近年の情勢、魔境が徐々に増加している状況を日々、テレビなどの媒体でご覧になっている皆様方からすれば、もしかしたらこう思った方もいたかもしれません……これで魔物たちから社会を守り切れるのか?』

 

 賀東の声は続く。

 観客たちはそれを静かに聞いていた。

 と言っても不安からではなく、一体これからどんなイベントが行われるんだろうか、というワクワクからだった。

 まぁ、俺もこの演説の内容と全くの無関係だったら、同じくただ楽しみにしていただろうと思う。

 けれど、そうはならないのはわかっていた。

 雹菜の名前がすでに上がっているし、彼女に対して照らされたスポットライトの光は依然としてそこにあるまま。

 会場では賀東と雹菜にのみ注目が集まっているのは言うまでもない。


「……賀東と知り合いなのか?」


 スポットライトには当たってない俺が、スポットライトの中の雹菜に尋ねると、彼女はよそゆきの笑顔のままで答える。


「知り合いと言うほどではないけど、話したことも会ったこともあるわよ。テレビ局内で、だけどね。それに、活動自体はA級冒険者だからすぐにニュースになるし、そういうのはそれなりに目を通しているしね。そういった様々な印象からすると、まぁ、割と賢い人だし、悪い人ではないってとこ」


「でも今回のは……」


「そうね。かなり強引な気もするわね。サプライズ好きなことを考えるとおかしくないとも考えられるけど……何か目的がある? うーん、静さん関連かしら。でも無理に言うこと聞かせたり、ギルドから引き抜いたりって言うのも無理だしね」


「たまにそういう名目のギルド戦もテレビでやってたりするけど?」


「ああ言うのは事前に死ぬほど沢山の書類を準備した上で、色々申し合わせてから行うものだからね。たとえ、ここで私と戦って勝ったからといって、それができるわけじゃないわ。仮に、ここで私と賭けをして、負けたら静さんを寄越せと言って、それに私が同意したとしてもね。職業選択の自由があるのよ? 日本には」


「……まぁ、そりゃそうか。じゃあ一体……」


「何か考えがあるんだとは思うけど……」


 俺と雹菜の会話の間でも賀東の演説は続いていたが、ついに賀東のそれは結論にたどり着く。


『……ですので、本日の大会の締めくくりに、私と、新進気鋭のB級冒険者、白宮雹菜さんのエキシビジョンマッチを皆さんにご覧いただけないかと思いまして。いかがですか、皆さん!』


「……まぁ、やっぱりそうよね」


 雹菜がボソリという。

 周囲の観客たちは、賀東の言葉に大きな拍手を送る。

 これではもはや雹菜は断りようがない。

 市民の期待を、冒険者は裏切れない。

 彼らを魔物から、迷宮から、魔境から、それらの恐怖から守るため。

 力の示威が必要だと言うのなら、基本的に断らない。

 

「……別に断ってもいいと思うけどな」


「そういうわけにもねぇ。あ、マイク」


 見ると、職員と思しき人間がやってきて、マイクを雹菜に差し出していた。

 雹菜はマイクを受け取る。

 今度は彼女から、賀東へ対するメッセージを、と言うわけだ。

 さながらプロレスのマイクパフォーマンスかな……。

 観客たち、それに賀東も、彼女の言葉を待つ。

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